darling

涙のあと1(k)

 野球部がグラウンドで走り込みしている姿を横目に一息つく。汗で額に張り付いた前髪を払うと、びゅうっと突風が吹いた。巻きあがった砂煙が目に入らないように瞑ってしまう。風が止んでから目を開ける。それと同時くらいに「あれ?!」という木兎のばかでかい声が聞こえてきた。驚いて視線を向けると、体育館の外に置かれたジャグタンクの前で木兎がコップを握りしめてぶーぶー言っている姿が見えた。

「マネージャー! スポドリもうないの?!」
「え~? あるでしょ? 休憩前にちゃんが補充してくれたよ~」
「ねーもん! 出てこない!」
「え~嘘~?」

 白福がジャグタンクのコックをひねる。しかし、どうやら中身が空のようで出てこなかったらしい。白福が「あれ? おかしいな~」と言いながらジャグタンクを持ち上げると、ひょいっといとも簡単に持ち上がってしまう。それは明らかに空であることを証明していた。

「あれ~? ちゃんが入れにいくの見たんだけどな~……ごめんごめん、作って来るね~」

 白福が空らしいジャグタンクを持って補充に向かう。その途中で二年生が囲んでいたジャグタンクも回収していたので、恐らくすべて空だったのだろう。ボトルに入っている分がなくなったらジャグタンクから入れたり、置いてある紙コップで飲んだりするので、マネージャー陣は休憩前には大体補充してくれている。毎回そうしてくれているので当たり前のことだったが、こうしてみるとないと困るものだし本当にてきぱきとやってくれていると再確認する。白福の後ろ姿に頭を下げつつ、ボトルにまだ残っているスポドリを一口飲む。もうボトルが空らしい木兎はぶーぶー言っているが、赤葦がそれをなだめて「まー、いっつも力仕事してくれてるもんな」と、俺と同じ感謝の方向にシフトしたようだった。
 しかし、今度はその向こう側にいる猿杙が「あれ?」と珍しく素っ頓狂な声をあげた。近くにいた二年生が声をかけると「このカゴって使ってないタオル入れだよね?」と当たり前のことを聞いている。何かと思って近寄って見ると、猿杙のそばに置いてあるタオル入れには汚れたタオルが入っていた。選手が使うタオルは家から持参するものか部活が用意してくれているものかのどちらかだ。部活で使うタオルはマネージャー陣が運動部用に用意されている洗濯機で洗濯するか手洗いをしていつもきれいにしてくれている。洗ってほしいタオルは青色のカゴ、きれいなタオルは白色のカゴ、というふうに分けてカゴが置かれているのだが。猿杙が白色のカゴから出したらしいタオルには泥汚れがついている。青色のカゴが隣に置かれてはいるが、そちらはまだ空のままだ。

「何? どうしたの?」
「これまだ洗ってないタオルだった?」
「え? 昨日のうちにちゃんが洗濯して畳んでくれたやつだけど?」
「これなんですけども」
「うわっ、なにこれ! 汚っ!」
「タオルない感じかな?」
「おかしいなあ……ごめん、代わりないか見てくるね」
「ごめんな~」

 雀田が汚れたタオルが入っている白色のカゴとともに青色のカゴも回収しつつ走って部室塔へ向かって行った。珍しいこともあるものだ。という子は真面目で雀田と白福は先輩だから、と極力力仕事を回さないように全力を注いでいる。スポドリの補充と洗濯は外と中を行ったり来たりすることもあり、が率先してやっている姿をよく見る。雀田も白福もなんだか申し訳なさそうにしているくらい積極的にやるのだ。たまにミスをしたり失敗したりはするけれど、こんなふうに仕事をやらずに置いてあることは今までなかったはずだ。今日の仕事分担を見ても、やはりが率先してすぐに外に出る仕事を持って行ってしまったため、雀田はスコア管理やその他の雑務、白福は備品管理と練習試合に向けた準備をしていた。が仕事を放って別のことをやるとは思えない、ような。
 不思議に思っていると、使い終わった道具をしまってきたらしいが戻ってきた。「戻りました!」と元気よく笑顔で言うに木兎が「お疲れ~」と返すと、すぐに辺りを見渡して雀田と白福のことを聞く。木兎がスポドリの補充のタオルの洗濯に行っていることを説明すると、は目を見開いて首を傾げた。「え、わたし、もうやりましたけど……」と。

「いや、でも入ってなかった~」
「え……あれ……? 勘違い……? あっ、それよりも、あの、申し訳ありません!」
「いーって! いつもありがとな!」

 しゅん、と少しだけ身を縮めたの肩を木兎がばしばし叩く。は「すみません」ともう一度謝ってから、二人が向かったであろう部室に走っていった。

「珍しいこともあるもんですね」
「な。今頃二人にめちゃくちゃ謝ってんだろうな」

 少しだけ黙った赤葦だったがすぐに「簡単に想像できますね」と呟いたきりまた黙る。相変わらず考えていることが顔に出にくい後輩だ。それを横目で見つつ持参したタオルで汗を拭いた。
 マネージャー二人とともに戻ってきたは焦った様子で二人に謝り続けていた。それを二人は「いいってば~」と笑っている。それからは俺たちのほうに向き直すと「すみませんでした!」とこちらにまで頭を下げた。さすがにそれには部員も慌ててしまい、みんなそろって「いつもありがとう」と言ってしまう恥ずかしい空間が出来上がる。マネージャー二人も「私らもいつもごめんね」とに言うと、はぶんぶん首を振って「当たり前のことですから!!」と力強く言った。