darling

赤葦の不満2

※赤葦視点です。


「なータオルって余ってるのある? 水こぼしたんだけど」
「ありますよー」
「一枚ください」
「はいどうぞ!」

 一口スポドリを飲む。口元をタオルで軽く拭きつつ二人の会話を盗み聞きしてしまう。本当に普通に話している。今までと何も変わりない様子だ。それを横目で見ていることに気付いたらしい木兎さんが突然俺の視線の先に顔を入れてきた。

「なんか気になるのか?」
「まあ、いろいろ」

 俺の視線の先に、同じように視線を向ける。木兎さんはすぐにこちらに向き返って「いーじゃん、むしろ大成功だろ」と笑った。その言葉の意味がよく分からず首を傾げてしまう。木兎さんはそれに不思議そうな顔をしつつ、近くにいた白福さんに「だよな?」と聞く。白福さんはこちらに視線を向けたのち、木葉さんたちのほうをちらりと見たのち「大成功でしょ~」と笑った。お二人にとっての大成功とは。よく分からず余計に首を傾げる。その様子を見ていた小見さんが「赤葦はまだまだお子さまなんだな……」と肩をぽん、と叩いてきた。

「どういう意味ですか」
「素直に聞けるところ、先輩としてはすっごくいいと思うぞ」
「そういうのいいんで意味だけ教えてもらえますか」
「冷たい……」

 けらけら笑いながら猿杙さんと鷲尾さんも会話に混ざってくる。「まーあれは特殊だろ」と言った口ぶりから二人も今の状況を大成功、と少なからず思っていることが窺えた。
 個人的には両想いであれば恋人同士になるのがゴールだと思うのだが、そういうわけではないらしい。ますます分からない。じゃあなんで人を好きになって、付き合いたいと思って、告白をするのか。告白をしてオッケーをもらえることが一番の成功なのではないだろうか。
 ぐるぐると恋愛について、というあまりにも抽象的なことを考えていると、その頭をばしっと叩かれた。雀田さんだった。頭をさすりつつ「結構痛かったんですけど」と言うと雀田さんは「はいはいごめんね」と笑う。

「そんな難しく考えなくていいんだって」
「難しく考えてますかね、俺」
「むしろ考えなくていいんだってば。見たまんまが答えでしょ」

 「セッターとしていつも部員見てるんだから分かるでしょ」と言ったのちまた頭を叩いてくる。視線を二人に向ける。木葉さんはから受け取ったタオルで床を拭いていた。もそれを手伝おうとしているようだが、なぜだか木葉さんに止められている。の手元をよく見てみると、が持っているのは部活用のタオルではなく自前のタオルだった。かわいらしいピンクの水玉柄だ。恐らく木葉さんはそのタオルで床を拭くのを阻止したいようだった。は負けじと拭こうとしているようだが、それは木葉さんの左手ですべて阻止されている。木葉さんはけらけら笑いながら、は悔しそうにしながらじゃれ合っている。
 少し前、二人はちょっとだけぎくしゃくした。むしろ今までずっとほんの少しだけ、どこか歯車が合っていないような感じがあった。俺はそれをが木葉さんに片思いしているから、と思っていたけれど本当はそうじゃなかったのかもしれない。は木葉さんのことが好きだけれど、その気持ちをどうしようか悩んでいて。木葉さんはのことを好きになったけれど、自分に自信が持てないから悩んでいて。そんなふうに二人とも、小さな溝の前でどうすればいいのかじっと悩んでいた感じがあった。仲は良いけれどどこかぎこちなく気を遣い合い、お互い気になっているのになんとなくそれを言い出せずにいて。付かず離れず。まさにそんな感じだったかもしれない。

「楽しそうじゃん」

 木葉さんの左手を右手でつかんで、その隙に床を拭こうとする。けれどが拭く前に木葉さんがその場所を拭いてしまう。きっともう床は濡れていないだろうに、二人とも楽しそうにしている。最終的には木葉さんが「はい、拭き終わりました~」と床を手でさっと撫でてみせる。は「くそー!」と悔しそうに木葉さんの肩辺りをばしばし叩いている。

「あれの何がご不満なのかしら、赤葦くんは」

 にっこりと笑って雀田さんはからかうような口調で言う。木兎さんもけろっとした顔で「だよな?」と呟くと、他の先輩たちもうんうんと頷いてみせた。
 付かず離れず。それはたぶん言葉の意味では変わっていないはずなのだ。近付きすぎず、離れもしない。それに変わりはないのだけど、二人は前よりも楽しそうに見えた。

「不満はございません」
「よろしい!」

 ばしっと背中を叩かれた。さすりつつ立ち上がると、ちょうど二人がこちらを見た。木葉さんがこちらを手招きしつつ「そろそろ再開しようぜー」と笑う。も笑って「タオル洗ってくるので回収します!」とこちらに向けて言う。その顔の、なんて晴れやかなことか。

「確かに大成功ですね」