darling

羽化する瞬間2(k)

「返事は?! 返事はどうなったの?!」
「あの、近い、距離がすごく近いです雀田さん」
「どうなったんですか木葉さん」
「赤葦も近い、マジ離れて怖いから」

 土曜日。午前練習を終え、午後からの練習の準備のためには先に体育館から出て行った。その瞬間にマネージャー陣と赤葦に捕まり今に至る。昨日のことを事細かく喋らされたのちこうして質問攻めに遭っているところだ。
 あのあと、俺から先に線路を渡った。はしばらく立ち止まったままだったけれど、俺が振り返ったら恐る恐る線路を渡ってまた隣を歩いてくれた。言葉はなかった。ただうつむいて、は、なぜだか泣きそうな顔をしていた。その表情は俺が思うどちらの意味を表しているのか。それを聞こうとしたのだけど。がぐっと涙をこらえるように唇を噛んでいたから聞けなかった。

「それでなに~? 告白されたちゃんがカワイソ~とかまたうじうじしてるの~?」
「ひどすぎない?」

 素直に笑えた。そんな俺の顔を見て白福が少しだけ驚いたのか目を見開く。

「もうそういうのやめた」



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「あ、あの、木葉さん」
「ん?」
「ち、近くない、ですか」
「え? そうか?」

 午後練開始直前、ボトルの準備をしているに話しかけたらそういう反応をされてしまった。今日はまだ一度も視線が合っていない。覗き込むように顔を見てもすぐに逸らされる。少しだけ赤い顔に思わず笑ってしまうと、は余計に恥ずかしそうな顔をしてしまった。
 いつも通りに話しかけたのにがこんな感じ。前の俺ならひどく後悔したのだろうけど、今は正直いって少しだけそれが嬉しかったりする。マスコットキャラクター的な意味で好き。それを脱却できかけているような気がして、ただただ嬉しい。が恥ずかしがって俺の顔を見られなくなっていることが、それを教えてくれている気がした。


「はっはい?!」
「返事、余裕ができてからでいいよ」
「……なんの、ことでしたっけ……?」
「もう一回言おうか?」
「いいです、いいです、大丈夫です!」

 逃げられてしまった。その背中に笑いをこぼしつつ視線を少し横にずらす。ばちっと雀田と目が合ってしまった。雀田はにやにやと笑いつつも親指を立てている。グッジョブ、ということでいいらしい。なんだかんだで一番話を聞いてくれてずっと背中を叩き続けてくれたやつだ。たまに怖いときもあったが、基本的にはとても有難かった。そういう意味を込めて俺も親指を立て返しておく。すぐさまジェスチャーが飛んでくる。複雑なジェスチャーだったが俺には意味が分かってしまう。「なんか奢れ」、あれはそういう顔だった。笑いつつ「了解」とジェスチャーで返しておいた。
 逃げて行ったはというと、赤葦の背後に隠れているらしい。いや、まあ、隠れているつもりらしいが丸見えなのだけど。と話していた赤葦が不意にこちらを見る。基本的に無表情に近い顔でいることが多い赤葦が、珍しくいい笑みを浮かべたので少しだけびっくりした。視線はに戻っていったが、なんだかんだでやっぱり赤葦も気にしてくれていたらしい。いい後輩だなあ、赤葦。後輩からの気遣いにじーんと感動しつつ息を吐く。
 そんな俺の背中にどんっと衝撃。「いってえな!」と思わず言いつつ振り返ると、にやにやと笑う小見と猿杙がいた。

「え、なに、付き合った? 付き合ったの?」
「おめでとうなの? 赤飯炊く?」
「まだだしそもそも赤飯はえーよ」

 「えっまだなのかよ?!」と小見が驚愕の表情を浮かべる。猿杙も若干驚いた表情で「え~付き合った感じあったのに~」と首を傾げた。いつもと違うの様子を二人もちゃんと感じ取っていたようだ。それには若干申し訳ない気持ちになりつつ、苦笑いで「すみませんね~まだなんです~」と返しておく。

「なんか余裕ある感じでむかつくな」
「分かる。むかつく」
「そこはがんばれって言ってください」

 けらけら笑って二人の背中を叩いておく。部活にそういうことを持ち込んでいいとは思わないが、こうして仲間たちに気にしてもらえるっていうのは、ちょっとうれしい。ただ、いい気がしないやつもいるだろうからとの距離感は早急にどうにかしなければ。とはいってもいつもどおり話しかけただけでぎくしゃくされてしまうし、最終的には逃げられてしまう始末だ。なかなか難航しそうだ。苦笑いをこぼしてしまう。そんな俺の肩を「まあまあ」と呑気に言いつつ猿杙が叩いた。

「木葉は木葉のペースでやればいいんじゃない」
「……たまに優しいこと言われると泣きそうになるんですけど」
「今すぐもう一回告白してこい」
「お前ら一か百しかないの?」

 俺の言葉に猿杙と小見は顔を見合わせてからニッと笑う。「冗談だって」とはもりつつバシッと力強く背中を同時に叩かれた。
 相変わらずこそこそと俺から隠れているつもりらしい。の見え隠れする背中や顔をじっと見つめる。赤葦と木兎の陰から瞳がこちらを捕らえた、ように見えた。一瞬だけ視線が交わる。すぐに逸らされてしまったが、視線が合ったということはこっちを見ていたということ。それだけで喜んでしまう俺って、もしかして気持ち悪いのだろうか。それを若干心配しつつもの姿を目で追い続けた。