darling

窓の向こう(k)

 ゴールデンウィークが明けてしばらくは授業中にじっとしているのがしんどく思っていたが、もうずいぶん慣れてきた。黒板に並んでいく数式をあくびをしつつノートに写していく。五限目ということもあり昼食後で眠気が振り切っている。隣の席のやつや他のやつも同じらしく、何人かあくびをしているのを目撃した。早く終わらないだろうか。それしか考えていないので授業が楽しいも何もない。窓際の席なので心地いいこともあり、もうほとんど目をつむってしまっている。あと二十分の辛抱とはいえつらいものがある。
 ふと窓の外に目をやると、先ほどまでいなかった生徒たちの姿が見えた。ジャージの色からして二年生のようだ。そういえば、と思い出す。先週に赤葦が大きなため息をついていたので理由を聞いたら「来週、体育が二時限連続なんですよ」と言っていた。俺としては羨ましい限りだったのだが、赤葦にとっては憂鬱なことらしく。さらに理由を聞くと、どうやら球技大会の運営・進行を今年から二年生がやることになったということで。その予行練習を兼ねて体育の授業が二時間連続で続くことになった、と言っていたっけか。赤葦のクラスは設営と進行に振り分けられたと聞いた記憶がある。
 じーっと外の様子を見ていると背が高い男を発見。どう見ても赤葦だ。見つけやすいやつ、とちょっと笑っていると、その隣に背の低い女子を発見。だ。どうやらクラス内での担当が赤葦と同じグループになったらしい。赤葦や他のクラスメイトたちとプリントを見ながら何か話している。そのプリントは赤葦がポケットにしまい、グループは解散していった。どうやら予行練習後にグラウンドに出てきたところらしい。
 球技大会は二日後だ。毎年この時期に行われていて、種目別にクラス単位で試合をして、その勝敗を元に優勝クラスを決定するというものだ。種目は去年と同じくサッカー、バレーボール、バスケットボール、卓球、ドッジボール、オセロだ。サッカーとドッジボールはグラウンドで行うが、他の競技は体育館で行う。たしかバレーはいつも男子バレー部が使っている第一体育館でするんだったか。バスケは第二体育館、卓球とオセロは第三体育館で行う。チーム分けに関してとくにルールはないので、バレー部はバレーに出るしバスケ部はバスケに出ることが多い。俺も例にもれずバレーに出る予定、というか勝手に決められてバレーに振り分けられていた。
 はたしかオセロに出ると言っていたが、本人が望んでオセロを選択したのだろうか。友達らしい数人と楽しそうに話すの背中をじいっと見る。クラスメイトから無理やりオセロに振り分けられたんじゃないだろうか。は動くのが好きだと思うし、スポーツは得意じゃなくても楽しそうに一生懸命やっている。バレーじゃなくても卓球とか、そういうものを本当はやりたかったんじゃないだろうか。勝手にそんな心配をしてしまうのもお節介だしに失礼だと分かってはいるんだが、つい心配になってしまう。
 勝手にへこんでいると、不意にの顔がこちらを向いた。びくっと若干体が動いたが物音は立たなかった。俺、を見てるわけじゃないのか? 空を見上げているような、こっちを見ているような。よく分からない視線だ。俺かもしれない、と自惚れてしまって視線をさっと外してしまう。しばらく黒板を見ていたが、やっぱりどうしても気になって、目線だけをまたグラウンドに戻してみる。まだはよく分からない視線を上のほうに向けていた。俺がそらしても見ているということはやっぱり俺を見てたわけじゃなかったんだろうか。そうっと視線をに戻す。すると、が突然、擬音で表すなら「ぱあっ」というふうに表情を変えた。ぶんぶん手を振りながら何かを言っている。知り合いでも見つけたか? 口の動きを見てもよく分からない。じーっと見てもよく分からず、自分の口をまねして動かそうとしているときだった。

「さっきから授業を聞いていない木葉、問五の答えは?」
「へあ?!」

 突然頭をつつかれたのと名前を呼ばれたので変な声が出た。どっと教室中が笑いに包まれると、恥ずかしさのあまり顔を隠してしまった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「五限目のとき、に呼ばれてただろ~」

 部室に入るなり、猿杙からそう言われた。何のことだかさっぱりだったので無言で首をかしげる。すると隣にいた鷲尾がぼそりと「かわいそうに」と呟いたのが聞こえた。え、何が? その会話を聞いていた木兎も「俺も見た!」と会話に入ってくる。

「絶対あれ木葉って言ってたよな?!」
「えー俺も見たかった~」
「小見やん廊下側だもんな」

 けらけら笑っている三年生陣に余計に首をかしげる。に呼ばれた? 五限目?フリーズしたまま考えていると、着替えを終わらせてなぜかおにぎりを食べていた赤葦が「かわいそうに」とぼそっと言った。

「あんなに必死に呼んでたんですけどね」
「……」
「授業を聞いていないだけだったんですね、木葉さん」
「…………あ! あれか!!」
「今頃ですか」

 てっきり俺の自惚れだと思っていたあれのことだった。まさか本当に俺を見つけていたとは。赤葦曰く俺の席が窓際だと赤葦が教えたあと、上を見て探し始めたらしい。俺を見つけたあとはじーっと俺を見ていて、俺がまた視線を戻したときに「木葉さん~」と手を振っていたとか。周りにいた友達に「誰?」と聞かれては「部活の先輩!」と元気いっぱいに答えていたとかなんとか。

「木葉さんものほうを見ていたのでてっきり気付いていたのかと思ってました」

 しれっと言ってくれやがるこの後輩。若干照れつつそーっと視線を外す。同じクラスの部員がいないことをいいことに「授業聞いてたんで気付かなかったんです~」と誤魔化しておく。「本当かよ」と小見が笑ったのをスルーして着替えることにした。
 まさか本当に俺を見ていたなんて。嬉しいような恥ずかしいような感覚に、ちょっと舞い上がってしまいそうだった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「あ、冷たい男代表の木葉秋紀発見」
「本当だ、冷たい男代表の木葉秋紀だ」
「なんでしょうか唐突に!」

 マネージャー二人組に絡まれた。着替え終わって体育館に向かうところらしく、一緒に体育館に歩き始める。はいないのか。口には出さずに視線だけで探したのだが、すぐに気が付いた白福に「ちゃんはもう行っちゃったよ~」と笑って教えられる。

「で、なんだっけ? 冷たい男?」
ちゃんのこと無視したらしいじゃん~?」
「な、なんのことでしょうか」
「五限目のとき。あんた気付いてたのにノーリアクションだったじゃん」

 くそ、選手では同じクラスのやつがいないのに。そろ~っと雀田から目をそらす。俺より後方の席なのでその様子は丸分かりだったようだ。というかだって自信なかったんだし仕方なくないか?! まさか俺に手を振ってるなんて、自惚れかと思ったし! 内心言い訳をしつつ「授業中だったし……?」と苦笑いをこぼしておく。

「はいダウト。絶対いま、だって俺のこと見てるって思わなかったし、って思ってんでしょ」
「お前はエスパーか?!」
「顔に書いてあるんですけど、ヘタレビビりチキンの木葉秋紀くん」

 マジかよ。ぱちっと両手で一応顔を隠してみたが白福に膝の辺りを蹴られるだけの結果となった。この二人の読みの鋭さが怖い。もうずっと怖い。
 体育館に入ると先に来ていたが一年生や同輩たちと準備を始めていた。雀田と白福が声をかけるとこちらを見て「おはようございます!」と他の後輩たちとともに元気に挨拶をした。そのあとに俺の顔を見るなり「あ!」と言いつつ少しむくれ面をしてこちらに駆け寄ってくる。

「木葉さん!」
「はいはい?!」
「ちゃんと授業は聞かなきゃだめですよ!」
「え、あ、はい、すみません……?」

 予想外の発言だった。は「受験生なんですからね!」と腕組みをしながら言っている。それに雀田と白福が笑っている横で、当の本人である俺はぽかんとしていた。そういえば手を振っているとき、やたらと俺から見て右側を指さしていた。あれは黒板を見ろ、ということだったのだろうか。だとしたら、なんつーか、本当。変な子だなあ、と俺まで笑ってしまった。