darling

あなたを知りたい1

※今回は主人公視点です。
※木葉さん出てきません。主人公の語りのみです。


 ちょっかいをかけてくるお母さんを振り切るように自室のドアをばたんっと閉めた。諦めた様子で階段を下りていく音が聞こえてようやく、はあ、と息を付けた。帰ってきてそのままお風呂に入ったので髪がまだ少し濡れている。ご飯はお腹いっぱい食べた。いつもなら眠たくなってくる時間なのに、目がちかちかするように冴え切っている。ベッドに寝ころんでクッションをぎゅうっと抱きしめる。自分の心臓がどく、どく、どく、としっかり動いているのがよく分かってしまった。
 抱きしめたばかりのクッションをぽいっと放って起き上がる。机の上においた鞄を開けてごそごそと中を漁る。そうしてすぐに、木葉さんが貸してくれたタオルを取り出した。真っ白なタオル。それを握ったまま今度はタンスの前に移動する。世話焼きなお母さんが勝手に片付けないように、絶対触らない場所にいれたのだ。タンスの一番下の引き出し。開けるともう着なくなった中学の制服や体操服が入っていて、その横に、きれいに畳んでしまったそれを取り出す。真っ白なタオル。これも、木葉さんが貸してくれたものだ。お礼も言わずに返しそびれたままのもの。今日借りたものより少しだけ触り心地がふわふわしている。思い出せば思い出すほど、わたしは木葉さんという人をどんどん好きになってしまう。そんな素敵な思い出をくれたタオルだ。
 お風呂に入る前にお母さんに木葉さんが貸してくれたタオルを見せた。「これ、汚れきれいにとれるかな?」と聞いたらお母さんは「ちょっと厳しいかもねえ」と苦笑いをこぼしていた。泥や鉄棒の錆がついているし、もともとが真っ白だし、何かの景品でもらうような安いタオルだから元通りにはならないかも、と言われてしまったのだ。一旦自分の部屋に持ってきたものの、さすがに返さないわけにはいかない。返すときに謝ろう。そう思いつつタンスを閉めようとして、はっ、とした。もう一つの真っ白なタオル。これはいつ返せるか分からなかったから、いつか返せる日が来ても大丈夫なようにクリーニングに出してあったのだ。あの日ついた血なんてどこにも残っていない。まさに新品同様、真っ白なタオルの状態だ。どちらももともとは木葉さんが貸してくれたものなわけで、本来なら二枚とも返したほうがいいのだけど。汚してしまったタオルを返すより、こっちのきれいなタオルを返したほうがいいかもしれない。そう思ってじいっと二枚のタオルを見比べる。柄なんかないし特徴のない真っ白なタオルだ。木葉さんはたぶん気が付かないだろう。
 やっと返せる日が来たんだ。代わりに汚れてしまったタオルは返せないのだけど。そんなことを考えながら、きれいなほうのタオルを鞄の上においた。明日も練習試合だ。自校開催の試合なので今日より早く家を出なくちゃいけない。なんだかどきどきしたままの心臓を落ち着かせるように息を吐く。明日も、頑張ろう。そう心の中で呟いてからベッドに寝ころび、電気を消した。
 布団にもぐって目を瞑ると、今日のことがふわふわと浮かんだ。木葉さんが腕をつかんで引っ張ってくれたこと。木葉さんが逆上がりを教えてくれたこと。木葉さんができたことをいっしょに喜んでくれたこと。木葉さん、に、後ろからぎゅっとされたこと。

「……ねむれない」

 ぼそりと思わず呟いてしまった。無理やり目を瞑るけど、何度も何度もあのときのことを思い出してしまう。木葉さんって、見た目はすごく細く見えるのに。すごく、すごく、男の人だったなあ。
 ごろんと体の向きを変える。自分から木葉さんの髪や手を勝手に触るのはどきどきしないのになあ。前にベアハッグしたことだってあるのに。木葉さんから触れられるのは、どうしてこんなにもどきどきするんだろう。何度も何度も寝返りを打ちつつ、どうにかこうにか眠ろうと目を瞑り続ける。
 はじめは憧れ、とか、尊敬、のようなものだったのになあ。いつの間にかただの恋に変わっている。自分の気持ちがあまりにもすぐ形を変えてしまったことに未だに頭が追いつかない。
 木葉さん、は、好きな女の子とか、いるのかな。その疑問にきゅうっと胸が痛くなった。前に木葉さんとかおりちゃんが付き合っていると勘違いしたときと同じ痛さだ。もし好きな女の子がいるって言われたら、わたし、どうすればいいんだろう。答えはかんたんだ。木葉さんを応援するしかない。木葉さんのことが好きだから、木葉さんが嬉しいのが一番わたしも嬉しいに決まっているから。でも、今は素直にそう思えないかもしれない。
 わいて出た疑問をかき消すように深呼吸をする。頭までかぶっていた布団から顔を出して、一つため息がもれていくと、ふと、思った。実はわたし、木葉さんのことを、あまりよく知らないかもしれない。たくさん木葉さんのことを教えてもらった気でいるけれど、きっとわたしはあまり知らないのだ。どういう女の子が好きか、とか。今まで女の子と付き合ったことがあるか、とか。それこそ、好きな女の子はいるのか、とか。わたしが知りたいランキングの中でも上位に入るであろう質問を、たぶん無意識に避けてきたのだろう。いつか知りたい。知りたいけど、今は知らないほうがいい気がする。そう思うとまた一つため息がもれた。
 恋は病。まさにこういうことかと、恥ずかしくなった。