darling

きみを知らない4(k)

 午後の試合は当初の予定どおり、どちらとも一年生主体での試合となったので上級生はフォローへ回った。レギュラー入りが決まっている尾長を除く一年生のほとんどが交代しつつ全員コートへ入ったこともあり、慌ただしいながらも個性あふれるプレイがたくさん飛び出た。監督は満足げだったが、それを捌くことになる可能性大な赤葦は若干胃が痛そうに試合を見守っていた。
 試合が終わると、相手校とともに体育館の片付け、清掃を行い、体育館の入り口で再び挨拶をして帰ることになる。今日は現地集合だったため帰りも現地解散だ。監督の話を聞いてからその場で解散となり、部員たちが散り散りに帰っていく。は方向は違うが駅まではいっしょなので、ちょうど近くを歩いていたし「帰ろうぜ~」と声をかけた。が「あ、はい!」といつもどおり返事をしてくれたので少しほっとしてしまった。
 と木兎たちの輪に入ろうと思って向かおうとすると、雀田がギラッと俺を睨みつけた。え、俺また何かしましたか? 若干恐怖を感じつつ足を止める。すると口パクで何かを伝えようとしているらしい。残念ながら声に出してくれないと分からない。首を傾げつつなんとか読み取ろうと努力をしていると、しびれを切らせたらしい雀田がスマホを取り出した。そうして何かを素早く打ち込んだかと思えば俺のスマホに反応がくる。雀田から届いたメッセージは「二人で帰れ」の一文だけだった。マジですか。そう視線で返すと白福と赤葦まで揃って頷いて返事をしてきた。

「木葉さん?」
「あ、あ~、あのさ、俺トイレだけ行ってもいい?」
「はい! 分かりました、待ってますね」

 全くトイレに行きたいとは思っていないのだが。ストレートに「二人で帰ろう」なんて言えるわけもなく。姑息な手段だが致し方ない。ヘタレなりにがんばった結果だ、と自分で自分を褒める。俺のその嘘に素早く反応したのが白福だった。「え~電車行っちゃうよ~」と言った白福を、分かっているのかどうなのか謎なまま木兎が「先帰るぞー」と付け足す。すると続けざまに赤葦が「は? どうする?」とあまりにも見事すぎるトスを出し、雀田が「木葉なんか置いてっちゃお~」と恐ろしいほどに強烈なスパイクを決めた。

「あ、いえ、わたしで良ければ待ってますよ!」

 その一言に罪悪感を覚えつつ「サンキュー」と返して、「悪いけど荷物だけ頼むわ」とこれまた罪悪感しかないお願いをする。はこの一連の悪徳芝居に気が付くわけもなく「分かりました!」と言って俺の荷物を受け取った。俺たちは詐欺集団か。ものすごく強烈な後ろめたい気持ちを抱えつつ「すぐ戻るわ、ごめんな」と言ってから校舎へ歩き始める。後ろから「木葉のことよろしくね~」という白福の声が聞こえて、「お任せください!」とが答えたところまで聞こえてから校内へ入った。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 俺はいつから悪いヘタレになったのだろうか。へこみつつ校舎から出てのもとへ向かう。素直に言えばいいのに、ヘタレというのは本当に情けない。嘘をついて二人で帰る状況を作るなんて。ため息をもらしつつ、二人で帰るなんて滅多にない状況に少しだけ喜びがあるのも事実だ。喜んでいいんだかいけないんだかよく分からないままが待っている正門が見えてきた。すると、正門の前にはだけじゃなく、見覚えのあるジャージの女子生徒たちも一緒にいた。朝の嫌な気持ちがふつふつと湧き上がってくる。いやいや、あの子たちはの中学時代の知り合いなんだし、話してもいないのに悪く思うのは。人としてどうかと思うぞ自分。そう言い聞かせつつ話しかけていいものか悩んでしまう。一応中学時代の知り合いとの久しぶりの再会なわけなのだし、邪魔をしてしまうのではないだろうか。中学時代にどれくらい仲が良かったのかは分からないが、それなりに積もる話はあるだろう。
 少し距離を保ったまま様子を窺うことにする。女子生徒たちの向こう側では、朝と同じようになんだか少しだけぎこちない表情をしていた。

さんバレー上手くなった?」
「え、あー……あんまり、変わってないかな?」
「だろうね~! あんなに下手だったんだもん。マネージャーやったくらいで上手くならないよね~」
「そう、だね」
「体育で教えたときも全然だめだったよね~。懐かしい~」
「うん……」
「そういえばあの転んだときもさあ!」

 朝と変わらない。をどこか馬鹿にしているように思える口ぶりと笑い声。が失敗したりうまくできなかったことを、まるで笑い話のような口ぶりで話し続けている。それを聞いていたらまたむかむかと心臓の奥に火が付いたように熱くなった気がした。気付いたら止まっていた足が動き出して、その女子生徒たちの壁を切り裂くように割って入っていた。

、ごめん遅くなった。帰ろうぜ~」
「あ、は、はい!」
「荷物サンキューな」

 が持ってくれていた自分の荷物を受け取る。ちらりと女子生徒たちのほうを見て「じゃ、俺たち失礼します~」と声をかけてから、の腕をぐいっと引っ張って正門を出た。は少し驚いていたけど、足を止めることなく俺についてきてくれた。
 正門から離れてしばらくして、結構無理やりつかんでしまったの腕から手を離す。そのまま別の話題を振ろうかと思ったのだが、の表情を見たらそうすることもできなくなってしまう。

「もしかしていらないお節介した?」
「えっ」
「つい割って入っちゃったわ。ごめんな」

 苦笑いをこぼして謝る。はそんな俺の顔をぽかん、と少しまぬけな顔をして見上げている。しばらくしてからぶんぶんと勢いよく首を横に振ると「いえ!」とどこか恥ずかしそうな声で言った。

「恥ずかしいところを見られてしまったので、ちょっと、なんというか」
さ」
「はっはい!」
「嫌なことは嫌って言っていいんだぞ。俺が何かできることがあれば協力するし」
「そんな大袈裟なものではないですよ! 本当に!」

 ぶんぶん首を振り続けるの焦りっぷりに少し笑ってしまった。笑った俺を見てなのか、は首を振るのをやめる。そうして少し赤くなった顔を俯かせると、ぽつぽつと話し始めた。
 にとって中学時代はいわゆる「黒歴史」のようなものなのだという。楽しい思い出もあったし、今でも中学時代の友人と連絡を取ったりもしているそうだ。けれど、先ほどの女子生徒たちには、実はあまりいい思い出がないそうだ。は「誰にも言ったことないんですけど」と頭につけてそう言った。が何か小さな失敗をするたびに、それをまるで「大失敗」のように言いふらされたのだそうだ。曰くそれは決していじめのような陰湿な、ほの暗いものではなかった。単純に「クラスにいるのろまなドジキャラがまたやらかした」という名目でのことだったらしい。クラスメイトにとってそれはただの笑い話であり、みんなで楽しく笑うためのネタにすぎなかったと思う、とは言った。

「わたしがのろまなのが悪いんですけど……一人でいいから、心配してほしかったんですよね。贅沢なのは分かってるんですけど、たまに笑われるのがとてもつらいときがあって」

 そう恥ずかしそうには言った。その表情が俺にはただただ不思議でならなかった。誰かが失敗したり、怪我をしたり、できないことがあったりしたら、心配するのはふつうなのではないだろうか。駅の階段で転んだのことを助けてくれた人がいたように。俺にとってふつうのことがにとってはずっとほしかったもの。それを思うと、心臓がきゅっと小さく痛んだ気がした。ずっと笑われ続けてはどれだけ寂しかったのだろうか。どれだけつらかったのだろうか。そして、駅で助けてくれる人が現れたとき、はどれだけ嬉しかっただろうか。俺の知らないがそこにはいて、俺はどのの表情も知る術はなかった。

「でも本当にわたしがだめなだけなんですけどね! バレーも下手だし、他のスポーツもできなくて! 中でも過去最高に笑われたのは鉄棒ですかね!」

 が視線を向ける。その先には公園があって、鉄棒が寂し気にそこにあった。は笑ったまま「逆上がりのときとか爆笑でしたよ」と言って頭をかく。その表情を見ていたらなんとなく思った。俺が見たいのはこれじゃない、と。いつかのの笑顔を思い出した。今までうまくできたことがないというバレー。ボールをうまく飛ばせなくて最初はなんだか恥ずかしそうに笑っていた。けれど、何度も何度も失敗しても、何度も何度も挑戦して。そうしてはぱあっと光をきらきら瞳に閉じ込めたまま「飛んだ!」と笑ったのだ。たぶん、俺が一番見たいの顔はそれだった。今までたったの一度しか見たことのないその笑顔はきっと、俺だけしか知らないなのだと勝手に思っている。

時間ある?」
「え、ありますけど……なんですか?」
「鉄棒、やってみようぜ」
「……え、えー……木葉さんまで笑うんですか……」
「ちがうちがう。こう見えて俺、運動全般は優等生でさ。逆上がりリベンジしようぜ」

 嫌がられるかも、と思いつつそう言ってみる。は戸惑いつつも「いいんですか?」と不安げな声で言った。それに「おう」と答えると、なんだか嬉しそうに「わたし逆上がり一回もできたことないんですよ」と言う。表情が少し変わったことに安心しつつ「教え甲斐があるわ~任せろ」と言いつつ二人で公園に入る。
 誰もいない公園は少しずつ夕焼けに染まりつつある。鉄棒の横に二人とも荷物を並べて置いてから軽く体を動かしておく。一番高さの合う鉄棒の前にが立つと、若干だけ緊張気味に鉄棒を握った。

「そこからアウト」
「えっ何がですか!」
「逆手より順手のほうがやりやすいから握りを逆にして」
「こ、こうですか」
「そうそう」

 は「では」と緊張気味なまま呟くと助走をつけてからたんっと地面を蹴った。蹴った、のだが。力なくそのままずるずると地面に足が付く。そうして情けなく笑うと「こんな感じでして」と言いつつ立ち上がった。

「一回俺やるわ」
「逆上がりしてるかっこいい木葉さんを動画に収めていいですか」
「まずは腕が伸び切ってるからさ~」
「無視ですか!」

 もう慣れたやりとりなので話を続ける。の逆上がりはまさに「逆上がりができない人のお手本」というほどだった。鉄棒を逆手に握って腕が伸び切っていて、蹴り上げた足は力ない上に正面に向かって行こうとしている。それを説明しながらが使った鉄棒より高い鉄棒を握って、ひょいっと逆上がりをしてみせる。小学生ぶりにやったけど、できるもんだな。自分で少し感心しつつ「こんな感じ」との顔を見ると、きらきらと目を光らせて「すごい!」と大袈裟な反応が返ってきた。思わず、誰にでもできるから、と言いそうになった口を閉じて言葉を変える。「にもできるって」と言うと、は一瞬だけきゅっと唇を噛んだ。少し疑いの眼差しをされたが、元気に笑って「先生、お願いします!」と返してくれた。

「まず腕な。まっすぐだと力入らないからちょっと曲げて」
「これくらいですか?」
「曲げすぎ。こんくらい」
「はい」
「で、踏み込むときは重心を後ろにおくって感じじゃなくて、蹴り上げる足に体重を乗せるイメージ」
「体重……乗せる……」
「足は上に向かって靴を飛ばす感じで蹴り上げる」
「靴を飛ばす……」

 集中モードに入ったようだ。俺の言葉を何度か反復しながらは何度も何度も地面を蹴った。何度も何度もそのまま足は地面に叩きつけられるように落ちてきたが、はそれでも俺の言葉を繰り返した。
 は本当に一生懸命で、真面目で、びっくりするくらい素直な子だと思う。だからこそ俺もそういうふうにに接したいと思うし、なにかしてあげたいとも思う。それがおこがましいと笑う人もいるだろうけど。俺はヒーローでもなければスーパーマンでもないし、漫画の主人公のような人間でもない。そんな俺でも何かできることがあればいいなあと、願わずにはいられない。そんなふうに、何者でもない俺に思わせてくれるほどには一生懸命で、まっすぐな瞳を見せてくれるのだ。そんなのことを好きになってしまった俺は本当におこがましいやつなのだけど。でも、俺のささやかなお節介をしたいという願いくらいは許してほしい、なんて思ってしまう。

「あ~!」
「惜しい! もっとこう、なんていうんだ?! へそを鉄棒になすりつけに行く感じだ!」
「なすりつけるんですか?!」
「なすりつけろ!」

 は「分かりました!」と言って額の汗を拭った。もうチャレンジをはじめてずいぶん経った。夕焼けが立派に顔を出したせいで辺りはオレンジ一色に染まっている。の汗をきらきらと照らす夕焼けも、どことなくを応援しているように見えた。

「いきます!」

 ぐっと鉄棒を握った両手は少し汚れてしまっている。何度も何度も地面に叩きつけられた靴は砂埃まみれだ。髪の毛もちょっと乱れていて、服も同様に汚れや乱れがあった。でも、一生懸命に、真剣に、真面目に。瞳だけがまっすぐきらきらときれいに輝いている。夕焼けに負けないくらい輝くその瞳を見て、ああ、俺、この子のこと、本当に好きだなあ、と恥ずかしい確認をしてしまった。一生懸命で真面目で、一直線で、明るくて、温もりがあって、怖いくらいに純粋。俺の中でのは中学時代のクラスメイトやら他のやつやらが思っている印象とは全然ちがう。気障だとは分かっているけど言わずにはいられない。本当に、太陽のように温かくて宝石のようにきれいな、この世界にたった一人しかいない女の子なのだ。
 たんっと力強く蹴った足が、空に向かって伸びる。俺が言った通りのイメージで蹴り上げた足から本当に靴が飛んで行った。けれど、そんなことはお構いなしに足は勢いよく伸び続け、華奢な腕でしっかり体を引っ張り上げる。お腹が鉄棒にくっつくとほぼ同時に、ぐるんっと勢いよくの体が一回転した。

「……で……できた!!」

 ぱあっと一瞬で>の顔に笑顔が浮かぶ。さっきまでのどこか恥ずかし気な笑顔とはちがう。何もかもを取っ払って、ただただ喜びに満ちた笑顔。俺が見たかった笑顔よりも眩しい笑顔だった。

「できた! できました木葉さん!」
「見てたっつーの! だから言っただろにもできるって! できたじゃん!」
「はい! わたし、できました!」

 恐らく他人から見れば「たかが逆上がりくらいで」と思われてしまうような場面だろう。高校生にもなって、と。でも俺にとってはちがうのだ。が過去最高に笑われた、と情けない顔で言っていたものを、こんなにも眩しい笑顔で塗り替えられたのだ。俺しか知らないときに、俺しか知らない顔で。この笑顔も、この喜びも、俺以外には知る術もないのだ。の嫌な思い出を俺が塗り替えられた。俺にとってそれは「たかが」なんていう言葉で言えるはずのない出来事にちがいないのだ。
 は興奮冷めやらぬ、という様子で鉄棒から降りると「へそをなすりつけに行きました!」と笑う。それに俺も笑いながら「なすりつけてたな、見事に」と返すと、はより一層嬉しそうに笑うのだった。そこでようやくが靴を片っぽ飛ばしてしまっていたことを思い出す。後ろを振り返ると、公園の入口のほうまで飛んでしまっている。俺が後ろを見たことでもそれを思い出したらしく「あ、そういえば」と言ってから、けんけんをして靴を取りに行こうとする。「俺取りに行くって」とそれを止めようとしたのだが、は「大丈夫です!」とけんけんを続ける。「はいはい大人しく待ってなさいって」と笑って後ろを歩き始めた瞬間、がバランスを崩した。咄嗟に右手での体を引っ張ると、今度はこちら側に体が倒れてきた。そのまま不可抗力で、まるで後ろから抱きしめるようにの体を支えると、ようやくバランスが整ったようだった。

「……た、大変失礼しました」
「い、いや、こちらこそ大変失礼しました」
「……あ、あの、木葉さん」
「ん?」
「もう、その、だいじょうぶ、です」

 はっとしてから離れる。はそのまま靴を拾い上げると足の裏を払ってから靴を履く。そうしてゆっくりこちらを振り返ると、少しだけ赤い顔をしていたが、なぜだかおかしそうに笑った。

「また助けられちゃいましたね。すみません」
「……お、おう、気にすんな。怪我なくてよかったわ」

 また、というのは、映画にいっしょに行ったときのことを言っているのだろうか。かすかな疑問ではあったがすぐに答えが出たので直接は聞かなかった。
 汚れた手を払いながらは公園の時計を見て「もうこんな時間に!」と驚愕の表情を浮かべる。俺もつられて時計を見ると、もう練習試合が終わって二時間も経っていた。は先ほどまでの表情など吹き飛ばして申し訳なさそうな顔をする。

「すみません! わたしに付き合ってもらったせいで!」

 ぺこぺこと頭を下げるに「いや、俺が誘ったんだし。むしろごめんな」と苦笑いをこぼす。なんでが謝るんだか。と自分の荷物を持ち上げつつ「帰るか」と声をかける。は自分の荷物に手を伸ばしながら「はい」と小さく笑った。その顔を見てはっとして、自分の鞄の中をごそごそと漁る。たしか、朝に母親が予備で持って行けとうるさかったからあるはず。鞄の奥のほうにようやく目当てのものを見つけた。引っ張り出してに手渡す。はそれを見た瞬間に「え」と驚いた声をあげたので、少し慌ててしまった。

「あ、大丈夫、これまだ何も使ってないから」

 「だから使っとけ」と無理やり握らせるように、白いタオルを手渡す。俺の母親は基本的にタオルとかポケットティッシュとか、そういうものを余分に持たせたがる。朝にうるさく言われてうんざりすることも多いのだけどこういうときに助かるので何も言えない。内心母親に感謝しつつの鞄も肩にかけて公園の入口近くに目を向ける。水道が入り口近くにあるのを確認して、に声をかけようと振り向いたのだが。は俺が渡した白いタオルをぎゅうっと握ったまま、ぼろぼろと涙を流していた。

「えっ?! どうした?! どっか怪我したか?!」
「いえ、あの、すみません」

 は泣いているのに心の底からおかしそうに笑った。その涙を俺のタオルでごしごしと拭いてから、顔を上げる。

「できなかったことができるのってこんなに嬉しいことなんだなあ、と思って」

 はそう言って、一度ゆっくり息を吸う。そうしてまたゆっくり吐いたあとに、「タオル、ありがとうございます」と噛みしめるように言った。大袈裟なやつめ。ほっとして笑ってしまう。まだ少し涙が目に滲むの頭をぽんぽんと軽く撫でつつ、「なんだそんなことかよ~びびるわ~」と口に出してしまった。

「逆上がりでもバレーでも、俺で良ければアドバイスくらいはするって」
「それじゃないんですけどね」
「え、どういうこと?」
「どういうことでしょうね!」

 は水道に向かって走って行く。なんだか飛び跳ねるように嬉しそうな背中にはてなを飛ばす。できなかったことができたって、逆上がりのことじゃないのか? の言葉の意味に首を傾げてしまう。
 顔を洗ったが俺のタオルで顔を拭いてからこちらを振り向く。「洗ってちゃんと返しますね」と言った顔は、何かが吹っ切れたように曇りのない表情をしていた。