darling

きみを知らない2(k)

※主人公出てきません。


 結局微妙な気持ちのまま練習試合がはじまってしまった。今日の日程は午前にレギュラー同士で一試合したあと、午後に新入生中心で一試合することになっている。ばたばたと慌ただしく体育館の中に足音が響く中、アップを終えた俺はなぜだかむかむかしていた。
 なぜだか、というか、まあ原因は先ほどの出来事なのだろう。の中学時代のクラスメイトたちの言葉。がバレー部のマネージャーになったことを笑ったり、階段から落ちたことを笑ったり。それをすべて笑い話のように、のことなど何も考えないままに話している姿を思い出すとむかむかする。は自分がそういう立ち位置だったからと言っていたが。それでも俺の気持ちは晴れないままだ。もしかしたら本当にそうだったのかもしれない。けど、あんな馬鹿にしたような笑い方を見ると、とてもそうは思えなかった。俺がむかむかする必要などないのかもしれないけど。三角座りをして一つため息をこぼす。

「試合前に辛気臭い顔してますね」
「うお?! びっ、くりさせんなよ!」
「いえ、ずっと横にいましたけど」

 赤葦はボトルのキャップをしめつつ俺を見下ろした。これが出来るセッターというやつか。試合前に選手がどういう状態なのかを探っているのだろう。

「さっき、雀田先輩からちらっと聞きましたけど」
「何を?」
の中学時代のクラスメイトに会ったらしいですね」
「……赤葦ってなんなの? テレパシーとか使えんの?」
「使えればこんな苦労はしませんよ」

 木兎の背中を見つつ言う顔はものすごく疲れている。今日は木兎の調子が悪いらしいが、何が原因なのかが分からなかったのだろう。とりあえず木兎は置いておいて、他のメンバーに不調がないのかを優先したようだ。その中で俺が一人で辛気臭い顔をしていたのが気になった、というわけだった。部活に私情は挟まないつもりだったが、顔に出ていたのは不覚だ。

「なんかすっげーさ」
「はい」
「むかついちゃったんだよね、の知り合いに」
「むかついたとは?」
のことすげー馬鹿にしてんの。のろまだのなんだのって。階段から落ちたのが面白かったとかしゃべっててさ、なんかむかついたっつーか」
「……なるほど」
「ふつう面白がるんじゃなくて助けるだろ。がどう思ってたのかは分からないけど」

 何を言っているんだ俺は。若干気恥ずかしさを覚えつつも、もやもやしていることを吐き出せてよかった。赤葦に内心感謝しつつ「悪いな、試合前に」と苦笑いをこぼす。赤葦はそれに無反応なままじっと俺の顔を見ている。え、なに?それが顔に出たらしく赤葦は「いえ」と言って目を逸らした。

「とっくに助かってると思いますけど」
「……は? どういうこと?」
「木葉さんは知らないことが多すぎて残念ですよね」
「え、俺なんでばかにされてんの?」

 赤葦は「大丈夫そうでなによりです」と言って木兎がいるほうへ歩いて行ってしまった。その後ろ姿をぽかんと眺めつつ、赤葦との会話を思い出す。とっくに助かってる。話の流れからしてのことを言ったのだろうが、意味が分からない。そのときに実は誰かに助けてもらったのだろうか。赤葦と中学時代の話でもしていたのかもしれない。なんとなくそんな口ぶりではなかったけど。
 そういえば俺、の中学時代の話とかあんまり聞いたことない気がする。そう思って今までのとの会話を思い出してみたが、のことをあまり知らない気がした。家から遠い梟谷に入学した理由だってはぐらかされた気がする。マネージャーになった理由は……聞いたことがある気もするけど、忘れてしまった。どんなふうに中学時代を過ごしたのか、とか。そんなふつうに話していれば聞いたことがあるだろう話題さえ、したことがない気がする。いつだってが俺のことを聞いてくるとか、俺のことを褒めてくるとか、そういう会話ばかりだった気がする。
 俺、意外とのことを知らないんだなあ。そう自覚した。赤葦ですら中学のときとか、俺が知らないのことを知っているふうだったのに。赤葦の言うとおりだ。知らないことが多すぎる。それなのにの知り合いが俺の知らないを笑っているのがむかついた。それはとても無責任なことだと思うと、ため息がまた出ていった。