darling

ライバル?7

※主人公視点です。
※モブちゃんが喋り、名前があります。(今井さん:女子バレー部一年生)


 体育館の片付けが終わると、部員はそれぞれ帰っていく。わたしも周りと同様に自分の帰り支度をしつつ忘れ物がないか、などの確認をしている。体育館を隅から隅まで見渡しても落とし物や片付け忘れたものは見当たらない。心の中で「よし」と呟いてから荷物を持って立ち上がった。
 先に準備を終えて出ているかおりちゃんや雪絵ちゃんたちに合流しようと靴を急いで履く。とんとん、としっかり履き終えて顔をあげると、そこには今井さんが立っていた。今井さんは「あの」とこっそり話しかけてくれた。

「あ、はい!」
「すみませんでした、この数日間」
「……うん? え、えっと?」
「木葉さんです」

 突然飛び出てきた名前に動揺してしまう。今井さんがなんだか申し訳なさそうな顔をしているのだから余計にだ。わたしがよく分かっていないことを悟ったらしい今井さんは「えっと」と苦笑いを浮かべた。

「邪魔をしてしまって……」
「え、じゃ、邪魔?」

 邪魔なんて思ってないのに。邪魔、と、いうか、少し焦ってしまっただけ、というか。わたしのそういう視線を「邪魔」だと思っているようにとらえられてしまったのだろうか。そうだとしたらわたしのほうが申し訳なくなってしまった。なんと返そうか考えていると「その」と今井さんがより申し訳なさそうな表情を浮かべる。

さんがよく木葉さんのことを見ていると気付いてはいたんですけど……」
「えっ、そっ、そんなに?! わたし、そんなに見てたかな……?!」

 この場から逃げ出したくなってきた。恐らく真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて少し俯いてしまう。もし本当に今井さんが言う通りよく木葉さんを見ていたのだとしたら、それは無意識の視線だ。木葉さんに気付かれていたら、恥ずかしすぎる。今井さんが気付いているくらいなのだから気付かれている可能性が高いだろう。煙が出そうなくらい熱くなる顔を誤魔化すように手で少しだけこする。今井さんは小さく笑って「大丈夫ですよ」と内緒話するように顔を寄せた。

「木葉さん、気付いてないと思います」
「ほ、本当?」
「だって、いつもさんの話を夢中でしていますから」

 「周りなんか見えてないくらいに」と今井さんは笑った。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「どうしたの」
「えっ」

 今井さんが女子部の輪に帰って行って少し経ってから、体育館から赤葦が出てきた。靴を履きつつわたしの顔を見るなりそう聞かれたものだから困惑してしまう。

「なにが?」
「……いや、なんでもない」
「え、何が? 何がなの赤葦」

 すたすたと木兎さんたちの輪に入っていく赤葦を追ってわたしも合流する。雪絵ちゃんたちが「忘れ物チェックありがとう」と言うのに「いいえ!」と返しつつ赤葦の背中を突く。「何がなの!」と何度聞いても赤葦は「いやなんでも」しか返してくれない。

「何がどうしたなのってば!」
「なんでもない」
「赤葦!」
「あれ、ちゃん大丈夫?」
「え、何がですか?」
「今日ちょっとハードだったもんね、疲れちゃった?顔ちょっと赤いよ」

 かおりちゃんがわたしの顔を覗き込んで「大丈夫?」と心配そうな顔をした。それにつられて雪絵ちゃんまで顔を覗き込んでくる。二人から目を逸らしつつ適当な理由を言っておく。
 駅に向かって歩き始めたころはちょうど夕焼け時だった。一つゆっくりと息を吐く。なんだかふわふわした気持ちを落ち着かせるように夕日を見つめた。あんなの、冗談で言ってくれただけだ。浮かれてしまいそうになる自分を抑え込むように夕日だけを見ている。この数日でなんだか振り回され過ぎた気がする。些細なことで振り回されたように思えるほど、わたしは欲張りになってしまったのだろうか。そう思うと、自惚れている自分が恥ずかしくなった。

「こら、空じゃなくて足元も見ろよ」
「うわあっ」

 突然右腕を引っ張られた。少しバランスが崩れたけど、転ぶことはなかった。驚きつつ言われた通り足元を見ると小さな水たまりがあった。引っ張られなかったら踏んでしまっていただろう。
 右腕が静かに離されてから顔を上げると、「危ないだろ」と木葉さんが笑っていた。気付かない間に隣を歩いていたらしい。ぼけっとした顔を見られたかと思うと少し恥ずかしい。

「ありがとうございます……」
「元気ないけど、何かあったのか?」

 「ぼけっとしてたぞ」とからかうように笑った。木葉さんが動くたびにきらきらと髪が夕日に反射して光る。木葉さんが話す内容に相槌を打ちながらそれをまたぼけっと見てしまう。ころころと表情が変わるなあ、とか。楽しそうに話してくれるなあ、とか。そんなことを思っていると頭を小突かれてしまった。

「おーい、どうした?」

 顔を覗こうとしてきた木葉さんのおでこを軽く指でつつく。「いてーな」とおでこをさすりながら背筋を伸ばすと、いつも通りの距離感になった。「なんでもないです~」と笑って返すと「本当か~?」と木葉さんも笑った。

「誰かのせいでちょっと首が痛かっただけです~」
「いや俺より夕日のほうが位置的には高いだろ?!」
「痛かったもんは痛かったんです~」
「はいはいすみませんね~」

 けらけら笑ってわたしの頭を軽く撫でる。今井さんの言っていた通り、本当に気付いていないんだなあ。そう思うと少し悔しくなってきて、じーっと木葉さんを見てやった。

「え、なに? なんかついてる?」
「今度はチョークスリーパーですからね」
「なに恐ろしいこと言ってんの?!」
「いいですか、スリーパーホールドじゃなくてチョークスリーパーですからね」
「なんで苦しいほうなんだよ?!」

 相変わらずちょっと首が痛いけど。わたしも、木葉さんくらいの人がちょうどいいなあ。たぶん木葉さんくらいの人、っていうか、木葉さんだからなんだけど。それを言う勇気はない。ずいぶん欲張りになってしまったわたしだけど、いまは、この距離感が一番ちょうどいい。そう思ったらちゃんといつも通り笑えた気がした。