darling

ライバル?5

※主人公視点です。
※モブちゃんが喋り、名前があります。 (今井さん:女子バレー部一年生)


 乱暴に押されたままに踏み出してしまった足は、情けなくも途中で止まってしまった。少しだけ後ろを振り返ると赤葦がそれなりに鋭い目つきでわたしを見ている。引き返すにも引き返せない。別の場所へ行こうにも行き場がない。
 わたし、どんなふうに木葉さんに話しかけてたっけ。どうやって話しかけたら自然になるのかな。楽しそうに話しているその背中をちょっとだけ見て、すぐに目を逸らす。やっぱり、わたしとどうでもいい話してるときより、なんだか、楽しそうに見える。美人でスタイルが良い、自然に話しかけてくる、同じバレーボール選手。頭の中でたくさん湧いて出てくるくらい魅力的なあの子の笑顔が、いまはちょっとだけ痛くて見たくない。そんなことを考えてしまう自分が情けなくて、なんだか申し訳なくて。

「あ、ちゃん! ごめんちょっと手伝ってー!」
「あっ、は、はい! すぐ行きます!」

 ぱっと顔を上げる。その瞬間、背中しか見えてなかったはずだったのに、いつの間にかこっちを向いていた木葉さんと目が合った。急いで目を逸らしてかおりちゃんに呼ばれているから、と言い聞かせるように体育館の入り口に走る。どうやらもう準備を始める時間になっていたようだ。ぼーっとしていた、何してるんだろう。心の中で自分を鼓舞して一つ息を吐く。わたしはマネージャーなんだから、ちゃんとやるべき仕事をやらなきゃ。選手の子を羨ましがったって、運動が得意じゃないわたしにはただの憧れにしかならないんだから。羨ましがるだけ時間の無駄なんだ。

「なんか難しい顔してる~」
「えっ」
ちゃん、すぐ顔に出るね」

 かおりちゃんが茶化すように笑う。それに恥ずかしくなって「なんでもないですよ!」と笑いながら返すのだけど、かおりちゃんは「ん~」と信じていない様子だった。そんなかおりちゃんを押しのけるように「椅子並べてきます!」と元気よく宣言して、パイプ椅子を四脚腕にかけた。
 雪絵ちゃんは相手校の出迎え、かおりちゃんは選手たちのタオルやドリンクの準備、わたしは相手校さんが使う場所の準備。そんなふうに役割分担をしてマネージャーの仕事を一つ一つ終わらせていく。部員たちもコートの準備や掃除をしていて、知らない間にそれなりに忙しない空間が出来上がっていた。赤葦もいつの間にか先ほどまでいた場所にはもういなくて、かおりちゃんが持ってきたビブスを受け取っている。
 木葉さんも、いつの間にかあの子と話すのをやめていたようで、いつも通り三年生の輪に混ざって準備に加わっていた。

「あ、! ちょっとちょっと」

 突然こっちを見た木葉さんにびくっと震えつつ、椅子を急いで並べてから駆け寄る。鷲尾さんと小見さん、猿杙さんとにいるその輪に近付きつつ「なんですか?」と聞く。木葉さんは笑いつつ「ほれ」と突然わたしに手を向けた。その手の平にちょこんとかわいらしい包みの飴玉が乗っている。

「え、なんですか?」
「やるよ」
「突然ですね」
「突然なんです」

 「いいからいいから」と飴玉を握らせると木葉さんはわたしの肩をぽんぽん叩く。なにか励まされているような雰囲気にはてなを飛ばしていると、木葉さんは「あれっ」と首を傾げた。そうして少しずつ恥ずかしそうな顔に変わっていくのをじっと見ていると「俺の勘違いか」と頭をかいた。

「なんか元気なさそうだったから、甘いものでも、と、思いまして……」

 「ま、もらっといて」と言って木葉さんは笑った。少し驚いてしまったわたしに木葉さんは焦った様子で「お節介ですみません」と付け加える。それにはっとして首をぶんぶん横に振ると、なんだか安心したように笑ってくれた。それが嬉しくて「何味ですか?」とか「どこで買ったんですか?」とか、すらすらとさっきまでの悩みが嘘のようにふつうに言葉を出すことができた。
 準備が終わり、いよいよ相手校さんが来るのを待つだけ、となる。わたしは先ほどまでと同じように木葉さんたちの輪に入って談笑を続けていた。応援に来ている数人の生徒やOBの人たちも選手とちらほら話している姿がある。赤葦はどうやら応援に来ていたOBの人に捕まったらしく、新入部員の紹介をさせられているようだ。それを遠目に見ながらいつも通りどうでもいい話を木葉さんたちと続けていると。

「もう少しではじまりますね!」
「あれ、女バレのやつらは?」
「外で木兎先輩と話してるみたいです」

 ひょっこりとどこからともなく今井さんが輪に加わってきた。今井さんとは話したことがないからなんと声をかけよう、とわたしが考えているうちに今井さんのほうから「女バレ一年の今井です!」と元気に挨拶をされた。それにつられる形で「男バレ二年マネージャーのです」と控えめな挨拶をすると、小見さんがけらけら笑って「ってたまに人見知るよな」と言われてしまった。今井さんは明るく笑ってそのやりとりを見ている。
 いいなあ。出かかった言葉を飲み込む。木葉さんたちと今井さんの輪にいると、当たり前だけど自分がすごく小さく思える。わたしは顔をあげなくちゃ木葉さんの顔を見られないのに、今井さんはそのまま横を向けば木葉さんの顔が見られるんだ。いいなあ。わたしが何度も何度も言葉を飲み込んでいると、今井さんが「あれですね」とわたしを見て明るく笑う。

先輩、ちっちゃくてかわいいから羨ましいんです」
「え……」
「私、クラスの男子と大体身長が一緒くらいだから、女扱いしてもらえないんですよ!」

 今井さんはクラスの男の子との話をどこか楽しそうに話す。重たいプリントの束を持っていても自分のときだけは誰も手伝ってくれない、とか。他の女の子にはしないのにふつうに頭を叩かれたりする、とか。その話は今井さんにとっては不満だったのだろうけど、わたしからするととてもクラスに溶け込んでいる明るい素敵な子なのだな、という印象を持つ話だった。実際、こうして話してみるとその通りだ。今井さんはにこにこと明るい笑顔がかわいらしくて、ほとんどはじめて話したわたしにも自分からどんどん話題を振ってくれる。人懐こくて、人に好かれる女の子だ。

「で、でも、その身長が今井さんの武器、なんだし、わたしはかっこいいと思うけどなあ」
「おう、そうだぞ。その男子どもはあれだ、好きな子はいじめたいタイプなんだろ」
「えー! それはないですよ!」
「いやいやあるって! 今井さんふつうにかわいいしさ」

 今井さんがばしっと木葉さんの肩を叩く。「煽てても何も出ませんからねー!」と照れる顔がすごくかわいく見えてしまって。

「それに今井さんくらいのほうが俺らみたいなやつにはちょうどいいんだよな」

 「小見を除いて」と言った木葉さんの腰にドロップキックがきれいに決まった。腰を摩りながら「冗談です、冗談、すみません」と言う木葉さんに小見さんや猿杙さんが笑う。今井さんもそれを笑ってから「じゃあちょうどいいってことにしておきます」と言った。
 ちょうどいい、かあ。ちらりと木葉さんを見上げる。ちょうどいい、にはほど遠い。見上げないと木葉さんの顔が見えないし、木葉さんも顔を下に向けないとわたしの顔が見えない。ちょうどよくない。ちょうどよくなりたいなあ。
 わたしがそんなどうしようもないことを考えているうちに、相手校さんが来たらしい。今井さんは「じゃあ頑張ってください!」と明るく笑って女バレの人たちのところへ戻って行った。「俺らも並んどくか」という猿杙さんの言葉にはっとして「そうですね!」と空元気に返事をする。小見さんと猿杙さんが赤葦に声をかけながら歩いて行き、鷲尾さんがその後ろに続く。わたしは、ちらりと木葉さんの顔を見上げながら足を進める。

「ん?どうした?」

 目が合ってしまった。それに妙にびっくりしてしまって「いえ!なんでも!」と若干声がひっくり返ってしまった。