darling

まだ(k)

 新入部員の尾長がレギュラー入りすることになり、一緒に自主練をすることが多くなった。中でもセッターである赤葦は息を合わせるために自主練ではほとんど一緒にいるようになっていた。木兎はそれに若干不満があるようだったがいつも通り赤葦が上手く丸め込み、今では不満を言わなくなった。尾長がレギュラー入りして約二週間。もう尾長とのコンビネーションは整ったらしい。自主練でのコンビミスは全くなくなっていた。ボール出しで自主練を手伝っているもその様子を見て「大丈夫そうだね」と笑う。

「尾長、打ちにくくない?」
「はい! 大丈夫です!」

 赤葦がほっとしたような顔をして「休憩挟もう」と言って手首を回した。早く尾長と息を合わせなければ、と思っていたらしい。この頃の様子を見るに若干オーバーワーク気味だし、今日はこの辺りにしておいた方が赤葦のためになるだろう。そう思って横から口を挟むと、赤葦は「そうですね」と深く息をつきながら言った。珍しく疲れているのが前面に出ている。さすがの赤葦も新しい環境には疲労が出るようだ。それに気付いたらしいが「大丈夫?」と赤葦にボトルを渡しながら声をかける。いつもなら大丈夫だと言うのだけど、珍しく赤葦が「ちょっと疲れた」と息を吐きながら呟いた。

「大丈夫か?」
「休憩すれば大丈夫です」
「すみません、俺ミスばっかりするから……」
「いや、尾長のせいじゃないから。本当に」

 赤葦が笑いながら尾長をフォローする。赤葦の隣に座ると「そういえば」と赤葦が俺の顔を見た。サインについての話をしはじめる。尾長もそれを聞きながらうんうん頷き、はなんだか感心した様子だった。変えたサインがどうやら木兎と猿杙から不評らしい。かといって前のものに戻すと新しい攻撃パターンもあるので不都合で。改良版を明日まとめてくるとのことだった。相変わらず働き者なセッターだ。「了解」と返すと尾長にも「明日渡す」と伝えてから、赤葦は「変更が重なってすみません」と謝った。赤葦が謝ることじゃない。赤葦の頭を思いっきりぐしゃぐしゃとしてやりつつ「まーまー先輩に任せなさい」と笑ってやる。

「木葉さん、サインどのくらいで覚えるんですか?」
「もらったその日に覚えるけど、実際試合重ねないと瞬間にスッとは出てこないな」
「その日に全部覚えるんですか?!」
「暗記得意だし」
「そういえば木葉さんって変なことよく覚えてますよね!」
「何気に失礼だな?!」

 はけらけら笑いつつも「でも、すごいですね~」と言う。赤葦が「木兎さんは全部覚えるまでに三日はかかります」と真顔で言うものだから思わず吹き出してしまった。暗記系の科目が得意だし、サインを覚えたり人の顔や名前を覚えるのは得意なほうだと自分で思っている。勉強系で唯一自慢できるのがそこだけなのでこういうところで発揮しなければ。がひたすらすごいすごいと言ってくれている横で、感心していたように見えた赤葦がぼそりと呟く。

「なんで覚えてないんですかね」
「……え、なにが?」
「いえ、なんでも」

 なに、その意味深な発言。はてなを飛ばしてしまうが赤葦がそれ以上話す気はないらしいので詮索はやめておいた。が赤葦の脛を思い切り叩いたのが謎だったが、それも触れないほうが良さそうだった。
 がまた俺のほうを見て「暗記力ある木葉さんかっこいいです~」といつもの調子で言い始める。それをじっと見ていた尾長が突然口を開く。

「木葉さんとさんはどれくらいなんですか?」
「……なにが?」
「交際期間というか、なんというか」
「は?」
「え?」
「え、なに、交際期間?」
「木葉さんとさん、付き合ってるんですよね?」

 「あれ、ちがうんですか?」と尾長が首を傾げる。ついに新入部員にまで勘違いされるほどになってしまったか。若干反省しつつ「あーいや、」と苦笑いをこぼして口を開く。それより先に疲れ果てていたはずの赤葦がいつも通りの表情で口を開いた。

「半年くらいだよ」
「は?!」
「へ~羨ましいっス」
「いやいやいやいや、何言ってんの?! 新入部員に嘘教えちゃだめだからね?!」
「え、嘘なんですか?」
「嘘嘘! 付き合ってない!」
「俺、絶対付き合ってると思ってました」
「いや本当に! まだ付き合ってないから!」

 あ、とすぐに口を閉じるが、時すでに遅し。いや、俺何言ってんの? まだってなんだよまだって。まるでそのうち付き合うみたいな言い方じゃん。恥ずかしさと焦りに駆られる俺に気付かないまま尾長が「意外っス」と何も気づかないままに呟く。恐る恐る視線をに向ける。びっくりされてたらどうしよう、と思ったいたのだけど。意外なことにも気付いていないらしく尾長に「付き合ってないよ~」と笑って説明していた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「まだ、まだ、まだ、まだ……お前はいつになったら動くんだよ!!」

 ミドルキックである。梟谷学園男子バレー部マネージャー陣は格闘技でも習っているのだろうかと常々疑問だ。蹴られた腹を押さえつつ「痛いです」と呟くと「これは~ちゃんの分~」とチョップを追加された。
 どうやら俺の問題発言を聞いていたらしい雀田が「心臓がむずがゆいわ!」と叫んでいる。白福もそれに続いて「心臓捻り出して水洗いしたい~」となんとも恐ろしい発言を付け足す。俺という存在がこの二人の心臓に何をもたらしているのだろうか。まるで花粉のように扱われている気がしなくもない。
 苦笑いをこぼしつつ「ごめんて」と言っておく。二人ともその発言が気に食わなかったらしい。ギッと俺を睨んで「それちゃんにな?!」と返されてしまった。

「木葉さ」
「はい」
「ヘタレを通り越していった上で一周回って、いま二周目に入ってるよ~」
「身に染みて感じております」

 雀田の重いキックが直撃する。雀田は一撃が重い。それに対して白福は一撃はものすごく軽いのだが、攻撃が無限に続くので少しずつHPを削られていく感じだ。

「もうさ~~いくらでも話は聞くけど、ちょっとは行動しなね~~?!」
「いつもお世話になっております、ありがとうございます」
「菓子折り持って来い」
「今はさ」
「話逸らしたなお前?」
「今はなんつーか……部活もばたばたしてるし、も新しい環境でわたわたしてるじゃん」

 それが治まってからでいいかな、と思ってたり。苦笑いしつつそう言うと二人とも少しだけフリーズしたのち、はあ、と大きなため息をついた。機嫌を損ねたらしい。攻撃に備えたが意外なことに一切物理攻撃は飛んでこなかった。

「なんかさあ、木葉のそういうとこ嫌いになれないわ」
「分かる~。友達としては最高にいいやつだよね、友達としては」
「強調がつらいです白福さん」
「まあ、じゃあ今は適度にがんばれ」

 ぽん、と肩を叩かれる。呆れたように笑ってはいるけれど、決して馬鹿にしている顔ではない。それに内心ほっとしつつ「サンキュー」と笑い返しておいた。