darling

気付いてくれた4(k)

 なんとか開けたドアの先にいたは、なんだか無理やり笑って「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。拾った髪ゴムはのものだったようだ。一つ結びだったはずの髪がほどかれている。左手首には俺がホワイトデーにあげた飾りゴムがついていた。
 俯いたままのはなんだかへろへろした声で「すみません」とか「わたしの不注意で」とか、どうでもいいことを言い続けている。言葉を何度か続けてからやっとの思いでが顔をあげようとした。それより先に、体が勝手に動いていた。
 ぎゅうっと抱きしめたの体はなんだか冷たくて、少しだけ強張っているのが分かってしまう。頭を軽く叩くように撫でながら目を瞑ると、が少しだけ鼻をすすったのが聞こえてしまった。

「怖かったな、がんばったな」

 子どもに言うように言ってしまった。あとでに怒られるだろう。でも、あまりにもが強がるからついそうしてしまったのだ。わしゃわしゃと思いっきり頭を撫でると同時に、が本当に子どもみたいに泣き始めてしまった。それを笑ってやりつつ「大丈夫大丈夫」と言っていると、がぎゅうっと俺のジャージをつかむ。ぐずぐず言いながら「こわった」とようやく本音を言った。「怖かったな」と俺が言葉を繰り返すと、が堰を切ったように「こわかった」と繰り返す。素直になってくれたことに免じて、デコピンはしないでやることにした。
 が少しずつ落ち着いてきたので腕をほどく。も手を離すと、すぐに自分の目をこすった。「すみません」と呟いて俯く。先ほど免じてやることにしたはずのデコピンをかましてやる。いつもなら反撃してくるなのだが、今日は俯いたまま「すみません」とまた繰り返すだけだった。相当、怖かったのだろう。それを思うと安堵の気持ちがもっと早く探しに行ってやればよかったという後悔に変わっていく。「ごめんな」との頭を撫でながら言うと、がばっとが顔をあげた。

「なんで木葉さんが謝るんですか」
「もう少し早く探しに来てやれなくてごめん」
「……なんで、木葉さんが謝るんですか」
「ごめんな」
「わ、わたしが、不注意で、ドジなせいなのに」

 「なんで謝るんですかあ」とがまた泣き始める。あまりにも情けない顔に悪いと思いつつも笑いがこぼれてしまう。の頭をまたわしゃわしゃと撫でてやりながら「ごめんって」と謝ると、は余計に情けない顔をした。
 北倉庫から出てドアを閉めてからその場に二人で座る。たぶん泣き顔を他のやつらに見られたくないだろうし、とりあえずまだ連絡はしないでおく。ジャージをの肩にかけると、珍しく素直にジャージをそのまま羽織った。穏やかな風にの髪が揺れるのを見て「あ」と思い出す。ポケットから拾ったシンプルな髪ゴムを出して「これの?」と差し出す。は頷いてから「ありがとうございます」と言ってそれを受け取った。
 なんでも一度、陸上部らしき部員が北倉庫のほうへ来たらしい。けれど、どんなに声を上げても近くの野球部やサッカー部の声にかき消されてしまううえに、そこまで近い距離ではなかったようで。なんとか気付いてもらいたくて、格子のついた窓から何かを投げることを思いついたのだそうだ。しかし、格子がついている窓から投げられるものは限られてくる。小さい物しか投げられないし、いくら古いものとはいえ学校のものを外に投げてもし紛失してしまったらいけないとは判断したらしく。手元にあったのが髪を結んでいたゴムだけだったのだ。それを指鉄砲で近くまで飛ばせば気付いてくれるのではないかと思い、外に向けてゴムを飛ばしたのだった。けれど、髪ゴムなんて小さいもの、注意して見ていなければ気付かない。何か重しが付いていれば音がしたかもしれないけれど、軽いものだから落ちてもほぼ無音だっただろう。気付いてくれずに遠ざかっていく声のあとは誰もこの近くに来なかった。はずっと助けを呼んだりなんとか出ようとドアを引っ張り続けていたので疲れていて、気付いたらうたた寝をしてしまったのだと言った。

「でもさ」
「はい」
「普通のゴムじゃなくて、その飾りゴム飛ばしたほうがよかったんじゃない?」

 「飛んで来たら目立つし、多少音もするだろ」との左手首についている飾りゴムを指さす。ならそれくらいのこと容易に想像できたはずなのに。変なところで間抜けだな、と笑ってやる。はまだ少しうるっとしたままの瞳を俺に向けると、ようやくいつもどおり笑ってくれた。

「木葉さんがくれたもの、なくしたくなかったから」

 視線を俺から飾りゴムに向ける。もうすっかり泣き止んだ顔は少しだけ赤いけれど、よく知っているの表情に戻っていた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「も~~~~~ほんっとうに心配した~~~!!」
「本当に無事でよかった!」

 体育館にと二人で戻るなり、はマネージャー二人組に捕獲されてしまった。何度も「すみません」と謝るはいつもどおりの笑顔だ。木兎たちにも頭を下げながら「ご迷惑をおかけしました」と苦笑いで言うと、全員が「無事でよかった」と声をそろえた。監督も用事を終えて帰ってきたばかりだったようだが、安心したように「よかった」と笑っていた。学校に北倉庫のドアの点検を頼んでおくと言っていたので、恐らくそのうち点検が入るはずだ。
 残っていた部員も含めてみんなで体育館を片付けて下校となる。結構暗くなっているので更衣室へ着替えに行ったマネージャーたちを待ってから帰ることにした。俺や木兎、赤葦、鷲尾は三人とは方向が違うのだけど、他のやつらといっしょに待っていると程なくてマネージャーたちが合流する。
 このメンバーの中ではが一番家が遠い。いろいろあったあとだから、と一番最寄り駅が近い猿杙が送っていくことになる。は恐縮して断ったのだが雀田と白福が「甘えときなさい」と説得して、渋々猿杙に「よろしくお願いします」と言っていた。
 家が反対方向というのはこういうときにもどかしい。別に俺が手を挙げてもいいのだけど、あまりにも、なんというか。不自然な気がして気恥ずかしくて結局言い出せずにいたら猿杙に先を越されたというわけだ。内心少しもやっとしつつ歩いていると、後ろから猿杙が「まあまあ」と俺の肩を叩いた。

「木葉代理って気持ちだから」
「……なんのことですか~」

 肩を小突かれる。「顔に出てるんですけど~」と笑われて、ようやく自分がむくれ面をしていたことに気が付いた。彼氏気取りかよ。内心自分にそう呆れつつ「すみません」と猿杙に謝ったら「早く堂々と立候補できるようになってね~」と茶化されてしまった。それを見ていたらしい小見がに「それにしてもよかったな」と話しかけた。

「はい! 怪我もなく無事に見つけてもらえて、」
「それもそうだけどさ、的には見つけてくれたのが木葉でうれしかっただろ」

 「運命かな~」と俺を小見が見て笑う。猿杙もにやにやと笑いながら「運命だね~?」と小見に続いた。お前ら、茶化すのはやめてください。恥ずかしくなりつつ「偶然だって」と返しておく。

「まるで王子様だな~」
「木葉そういうキャラじゃないけどね」
「どっちかっていうと家来だよね~」
「ひどくない?」

 相変わらず辛辣なマネージャー二人組に苦笑いをもらす。まあたしかに。王子様とかそういう、なんというかキラキラしたポジションには今まで縁がない。引き立て役とか縁の下の力持ちとか。そういう役割が多い人生だと自負している。割と損な役回りをすることも多いし。別にこのポジションに不満があるわけではないけれど。
 けらけら笑いながらそんな話をしている小見たちの横でがじっと俺を見ている。ばちっと目が合うと同時に「でも」とは小見たちのほうへ顔を向けてしまった。

「木葉さんすっごくかっこよかったんですよ!」
「どんな感じだったの?」
「わたし一人じゃびくともしないドアを一人でおりゃーって!」
「おりゃーとは言ってないけどな?!」
「本当に王子様みたいでかっこよかったですよ」

 楽し気に茶化してきていた小見がの顔を見て、なんだか困ったように笑った。「結局な~」と俺の背中をばんばん叩く。「は~木葉ムカつくわ~」と理不尽な八つ当たりをされたので反撃しておく。それをけらけらと雀田と白福が笑う隣で、は穏やかに笑っていた。