darling

気付いてくれた3(k)

※モブの女子が喋ります。


 一試合目を終えてボトルをもらいに雀田のところへ行くと、心配そうな顔をしたマネージャー二人と赤葦たちがいた。その輪の中にがいないことが分かってしまう。

まだ帰ってきてないのか?」
「そうなの~……どうしちゃったのかな……」
が部活中に寄り道をするとも思えねーしなあ」
「途中で先生に何かを頼まれたとか?」
「それならは一度こちらに戻ってきてからにすると思います」

 が体育館を出て恐らく四十分くらい時間が経っている。練習中に一応更衣室を見てきたという雀田が荷物が置きっぱなしになっているのを見ているので、もちろん帰ったというわけではない。の友人が体育館前を通りがかったらしく話を聞いたけど、やはりのことは見ていないそうだ。

「白福と雀田、得点とかは俺らでやっとくから探してきてくれないか?」
「うん、分かった」

 猿杙が一年生と二年生に声をかけて役割分担をしはじめる。マネージャー二人が体育館から出ていくのを見送って、再びチームを変えて試合形式の練習が再開される。若干のことが気になったが、二人で探しに行ったのだから今度こそ見つかるだろう。少しよそ見をしていると同じチームになった鷲尾に肩を叩かれる。「心配するな」と少し笑った顔に、気恥ずかしくなってしまった。
 心配しすぎか。自分で自分に苦笑いをもらして前を向き直す。校内で事件に巻き込まれるなんて滅多にあることじゃない。ふーっと息を吐いて少しだけ体育館を見渡す。あの元気な声が聞こえないと落ち着かない。の姿がない空間が、こんなにも不自然に思える。それが、ちょっと苦しいような。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「え、見つからなかったのか?」

 練習が終わり、自主練習の時間に入ってからようやくマネージャーの二人が帰ってきた。二人とも肩を落としてなんだか今にも死にそうな顔をしているから思わず笑って励ましたのだけど、あまりにもおかしい。二人は校舎の中も見て回ったし、他の部活のやつや校内にいる人にも聞いて回ったと言った。けれど、どれだけ歩いても人に聞いても、はどこにもいないし誰も見ていないのだ。古い倉庫にはが持って行った得点板がちゃんと他のものと同じように戻されていた。ちゃんとは古い倉庫にそれを戻しに行ったということだ。けれど、そのあとどうなったのかが分からない。もし誰かに呼ばれてどこかに行ったとしたら、のことだから必ず報告してから行くはずだ。急を要することがあったのか、それとも無理やり何かに付き合わされているのか。そういう何かしらの緊急事態があったのだろうと予測できる。

「電話かけてみる?」
「いや、部活中だったし携帯持ってないだろ」
「どうしよう……何かあったのかな……」

 残っている部員も含めてを探そうと木兎が言うと、全員がそれに賛成する。さすがに体育館を無人にするわけにもいかないし、もしかしたらが帰ってくるかもしれない。体育館に数人残ってもらうことにして、残りの部員で体育館の外に出た。自主練習に残っていた部員はマネージャーを含めて十三人。体育館に残るのは三人なので十人で探しに行くことになる。監督には報告済みだ。探しても見つからなかったら連絡するように言われてはいる。監督も他校の監督との約束を終えたら学校に戻ってくると言っていた。それまでに見つからなかったら、かなりの大事になる。まだ外は明るいもののそろそろ他の部活も終わりの時間になるくらいだ。校内に人が多いほうが目撃者がいるかもしれない、そう思い全員で急いで外へ出た。
 俺は鷲尾と二人でが向かった古い倉庫のほうを見に行くことになる。他の部員と別れて鷲尾と二人で古い倉庫へ向かって歩き出すと、ちょうど女子陸上部が練習を終えて部室へ帰るところにすれ違う。中にクラスメイトがいたので「なあなあ」と声をかけてみる。「うちのマネージャー見てない?」と訊くと「あの二年の子?」と言われる。それに頷くと、どうやら得点板を運んでいる姿を見かけたらしい。時間はが体育館を出て行ったくらいだ。その姿を見かけてからすぐに外周に出てしまったので帰っていく姿までは見ていないとこのことだった。に変わった様子はなかったとクラスメイトは続けた。「そっか~」と苦笑いをこぼしてお礼を言っていると、女子陸上部の一年生たちが片付けのチェックを終えて追いついてきたらしい。クラスメイトたちにその報告をしてから「どうしたんですか?」と首を傾げる。クラスメイトが説明するとその中の二人が「えっ」と声を上げる。

「その人って、あの、髪の毛を一つに結んで、飾りゴムをつけている人ですか?」
「えっそうだけど、知ってる?」
「はい」

 二人はに話しかけられた、と言った。古いゼッケンを片付ける場所が分からなくて困っていたら声をかけられたのだそうだ。そうしてはそれを返してくると言ってくれたとのことだった。そのときは得点板を運んでいる途中だったそうで、恐らくクラスメイトがを見かけた直後の出来事だったらしい。

「どこって言ってた?」
「今は使われてない倉庫だって言ってました……場所はすみません、よく分からなくて……」
「古い倉庫のことか」

 ありがとう、と女子陸上部部員に礼を言って古い倉庫に向かう。古い倉庫にの姿はなかったらしいし、この目撃証言では見つけられないか。鷲尾と二人でそう話し合いつつ歩いていると古い倉庫が見えてきた。鍵はが持ったままみたいだったが、スペアキーがあるのでそれを持ってきている。古い倉庫の前に到着して鍵を差し込んで一応中を見てみる。やっぱりが持ってきた得点板は置かれているが、の姿はない。一応中に顔を入れてを呼んでみるけどもちろん返事はない。ため息をついていると鷲尾が「ゼッケン」と呟いた。

「ん?」
「ゼッケンがないぞ」
「あ、そういえば」

 が陸上部一年生の代わりに片付けたはずのゼッケンが見当たらない。というか、そもそもゼッケンをしまうような場所がこの倉庫にはない。陸上部が使っていた古いハードルとか、野球部の大きな備品、得点板などの大きい物ばかりが仕舞われている。ゼッケンなんてしまえるような棚や箱も見当たらないのだ。つまりは古いゼッケンを別の場所に仕舞いに行ったということになる。恐らくはその場所を知っていたのだろう。マネージャーをしているとこういう倉庫に何があるのか割と知る機会が多いようだ。雀田や白福も俺たちが知らない備品を見て「あーこれ、あの倉庫じゃない?」と大体のものの場所を把握しているようだったし。
 を探しに行く際に全員スマホを持って行くことにしていたので、ポケットからスマホを取り出す。雀田に電話を掛けるともののワンコールで出てくれた。第一声は「いた?!」だったので苦笑いしつつ「いや」と返すと「そっか」とひどく落ち込んだ声をされてしまった。雀田に古いゼッケンが仕舞われている場所を聞いてみると、なんでもゼッケンの種類によって場所が違うらしい。ゼッケンを見ないと分からない、とのことだったが仕舞われている倉庫は三か所だそうだ。俺たちから近いところだと北倉庫とグラウンド裏の倉庫らしく二手に分かれてそこへ向かうことになる。俺は北倉庫、鷲尾はグラウンド裏の倉庫に行くことにした。雀田たちがもう一つの倉庫には向かってくれることになった。
 北倉庫はたしか、この古い倉庫から更に奥へ行った薄暗いところにあったはず。校舎の側面をまっすぐ歩いた場所にあるのだけど、俺たち生徒が行くことは滅多にない。まあ、いるわけないよなあ。そう思いつつ古い倉庫を超えて校舎の側面に回って北倉庫に向かって歩いていく。もうすでに薄暗い雰囲気に若干不気味さを覚えつつ、辺りを見渡しながら歩く。ちょうど倉庫が見えてきた。こちらにドアが見えているのだけど、開いている感じも誰かが来た感じもない。ここからだと窓も見当たらないし、がそんなところにいるとは思えない。雀田曰く北倉庫は古い倉庫の鍵で開くらしい。鍵をポケットから出そうとして少し視線を下に向けたときだった。

「ん?」

 ちょうど左足を進めた先に何かが落ちている。拾い上げてみると髪ゴムのようだった。何もついていない、とてもシンプルな。それを拾い上げたとき、なぜだか一気に、ぶわっと全身が冷えた感覚がした。いや、まさかな。そもそも髪ゴムが落ちている意味が分からないし。そう思いつつもそれをポケットにしまってから、もうすぐそこに見えている北倉庫に足を進める。
 北倉庫にははじめて来たが、なかなか重たそうなドアをしている。かなり古びている鍵穴に鍵を差し込もうとしたときだった。錆びて汚くなっているドアの引き手に人が触った跡がある。急いで鍵を差し込んで回そうとするのだけど、何かが引っかかっているみたいでうまく回せない。無意識のうちにドアをドンドン叩いて「!」と声をかけていた。すると、中からもドアを叩く音が聞こえてきた。それのあとに「木葉さん」と俺を呼ぶの声が、はっきりと耳に届いた。
 鍵が回らないし無理やり回そうとすると折れてしまいそうだ。というかどうやら鍵はかかっていないらしいようで、ドアに何かが引っかかっているようだ。つまりは力ずくで開けるのが一番手っ取り早そうだ。

、力ずくで開けてみるからとりあえず離れといて」
「え、えー……木葉さん、そんなに力ないじゃないですか……開けられるんですか……」
「無事開けられたら一回デコピンするわ」

 鍵をポケットに入れてから両手でドアの引き手に手をかける。思いっきり足を踏ん張ってそれを引くと、ギギッと錆びた嫌な音がした。それだけじゃなく、やっぱり何かが引っかかっている感覚があったのでに中から下枠を見るように言う。一旦ドアに力をかけるのをやめての返答を待っていると、小さい石ころがあるだけで何も引っかかっていないとのことだった。開けようとしていたときに近くのものをすべて退かしていたらしい。やっぱり力ずくか。一つ息を吐いてからもう一度に離れるように言って、ドアに手をかける。全力で引っ張るが、やはり錆びたギギッという音がするだけだ。
 はあ、とまた息をついて一度手を離して少しだけドアから離れる。ふとドアの全体を見て気が付いた。ちょっとドアが傾いている。なんというか、下枠のほうは正常に開こうとしているのだけど、上枠のほうが引っかかっているというか。その傾きががっちり枠にはまってしまって動かなくなっているんじゃないだろうか。先ほどと引っ張っていた向きを変える。下枠のほうを一旦元に戻してから力を入れたほうがいいだろう。そう思ってぐいっとドアを引っ張ると少しだけ動いた。中にいるは「な、なんでしめちゃうんですか」と不安げな声を出したけれど、構わず続ける。ようやく大体平行になったところで、また引っ張る方向を変えて少しずつ力を入れていく。すると、うんともすんとも言わなかったドアがほんの少しだけ開いた。指が入るくらいの隙間が開いたので、少し上目に手をかけて思いっきり引っ張る。そうすると嫌な音を立てながらゆっくりドアが開いてくれた。