darling

気付いてくれた1

※主人公視点です。
※木葉さんたちあまり出てきません。そのため地の文が多いです。
※名もなきモブが一瞬喋ります。


 新入生勧誘を無事に終えたバレー部のはじめての練習。緊張した面持ちの一年生たちを交えた練習はいつもより少しだけ賑やかに思えた。残念なことに新しいマネージャーは入らなかったけれど、ちょこっとだけ安心している自分がいる。もし新しくかわいいマネージャーが入ったらどうしよう、なんて自分勝手な心配をしていたせいだ。反省せねば。一人で自分に渇を入れていると、試合形式で使う得点板に違和感を覚えた。よく見てみると一つだけいつも使っているものと違う。それを主将の木兎さんに伝えると「え、これ昔のやつじゃん」と困り顔をした。どうやら体育の授業で使った際、バレー部のものと紛れ込んでしまったらしい。元々は古い倉庫に仕舞われていたものだった、と木兎さんが言う。恐らく体育の授業で数が足りなかったのだろうか。古い倉庫から引っ張り出してきてそのままバレー部の用具庫へ仕舞われてしまったらしかった。古い倉庫はここからだと少し離れている。監督が「戻してくる」と言い出したのだが、わたしが手を挙げて「行ってきます!」と言ったら「そうか?」とわたしに任せてくれた。かおりちゃんと雪絵ちゃんがついてくると言ってくれたのだけど、得点係と記録係が必要なのでその場に残ってもらうことにした。
 カラカラと得点板を引っ張りながら外に出る。そんなに重たいものでもないので時折持ち上げつつ倉庫に向かう。鍵はコーチが持っていたので取りに行く手間が省けて助かった。古い倉庫は校舎の一番端にあるので、グラウンドを横切ってからまだしばらく歩かないと到着しない。いい運動にはなるけど、早く戻って片付けなどをはじめないと。
 そう思っているとグラウンドの端っこで女の子二人が「どうしよう」と困っている姿を見つけた。話しかけてみると、二人が古いゼッケンを手に持っているのが見えた。なんでも先輩から片付けるように言われたらしいのだけど、見た感じ今使っているものと違うのでどこに仕舞えばいいか分からないとのことだった。二人とも一年生のようだ。訊く前に先輩たちが外周に出ていってしまったので困っていたらしい。わたしの記憶が正しければ、二人が持っているゼッケンはもう使っていないものだ。たしかわたしが向かっている倉庫のそのまた向こうにある、生徒からは「北倉庫」と呼ばれている用具庫にあったもののはず。それを二人に教えたけれど、やっぱり一年生なので「北倉庫」のことは知らないらしい。ちょうど古い倉庫に向かう途中だったし、鍵は同じものだと聞いたことがある。「わたしが返してくるよ」と二人に提案すると、二人は迷いつつも「すみません、お願いします」と言った。ゼッケンの束を受け取って、何度もお礼を言う二人をなだめつつまた歩き始める。
 なんだか今日は人の役に立てている気がする! 一人で達成感を噛みしめながら校舎の端まで歩き切る。曲がってすぐにある古い倉庫に鍵を差し込み、若干開けにくかったけれどなんとか扉を開けて得点板を中へ押し込んだ。手についた埃を払いつつ扉を閉め、鍵をかける。今度はゼッケンだ。そのまま校舎の側面に沿ってまっすぐ歩き、大きな木の下にある倉庫へ向かう。ここはもうほとんど使われていないらしいのだけど、一応年に数回は先生が掃除をしているらしい。鍵を中に差し込む。こちらも開けにくかったけれどなんとか鍵を開け、扉を開けた。ゼッケンは大体箱とかカゴに入っているので、それがどこにあるのかを探さなくてはいけない。北倉庫は古いくせにそこそこ大きいので、なかなか苦労しそうだ。扉の近くはどうやら古いハードルやマットなどの大きいものが置かれているようだ。奥に棚があるのでそこらへんだろうか。奥に進んでいくと若干埃っぽくて咳払いしてしまった。
 棚の一番奥にゼッケンが入った箱を見つけ、ほっとしつつ中にゼッケンを入れる。くるりと方向転換をして荷物を踏まないように歩きつつ辺りをぼんやり見渡す。すると、扉の近くにバレーボールが落ちているのを見つけた。昔に使っていたものだろうか。扉とカゴの間に挟まっているそれを取ろうと思って一旦扉を閉める。拾い上げるとだいぶ空気が抜けてへにゃへにゃになっている。こんな感触のバレーボール、触ったのはじめてだなあ。笑いつつそれを何も入っていないカゴの中に戻し、先ほど閉めた扉を開けるために取っ手を握る。

「……ん?」

 ぐいっと力いっぱい引っ張る。あれ、これ、引き戸だったよね? 開き戸だったっけ? 一応こちら側に引っ張ったり外側に押してみたりする。うんともすんとも言わない。閉めたときに鍵がかかってしまったのかと思って、一応鍵のところをいじってみるけれど、やっぱりびくともしない。開かない。閉じこめられた、ってこと?

「ど、どうしよう……」

 途方もなくそう呟く。倉庫を見渡してみると電気があったので恐る恐る手を伸ばしてみる。一応はつくらしい。まだ外が明るいので付ける必要はないけれど、もし、このまま誰も来てくれなかったら。そう考えるとさあっと血の気が引いていった。窓は一応あるのだけど、面格子がされているのでそこから出るのは不可能だ。扉は一つしかない。出るためにはなんとかこの扉を開けるしかないのだ。もう一度取っ手を握って引っ張る。両手で握って足を壁にかけてぐいぐい力を入れる。けれどもうんともすんとも動かない。開きそうな気配すらない。体勢を変えて何度も何度も試してみるけれど、やっぱり開かない。
 開けることは一旦諦めて、窓を開けて助けを呼ぶ作戦に切り替える。窓はかなり高い位置にあるけれど、置いてあるマットを重ねて台を作ればなんとか届かなくはない。重たいマットを引きずって窓の下に重ねて上に乗り、窓の鍵を開ける。つま先立ちをしても外に顔は出せないけれど、声は届くはずだ。

「すみません! 誰かいませんかー!」

 遠くのほうで陸上部や野球部が練習しているらしい声は聞こえる。けれど、この北倉庫はグラウンドから結構離れているのだ。ついでに誰も来ないし、その近くの古い倉庫だって滅多なことがない限りは誰も近寄らない。いよいよ心細くなってきて、何度も何度も大声で叫んでみるけれど、やっぱり誰も反応してくれない。部活中だったのでスマホは鞄の中に入れているので手元にない。
 ここまでの状況を頭の中でゆっくり整理すると、途端に不安感が襲ってきた。これ、誰も気付かないんじゃ? こんなところに人が閉じ込められているなんてきっと誰も思わないだろう。誰も近寄らないんじゃ助けを求めることもできない。かといって窓から出ることはできないし、扉も開かない。
 どうしよう。そう呟いた言葉がさみしく響いた。