darling

勘違い5(k)

※陸上部の加藤がしゃべります。
※主人公の友達に名前がついていますが、喋りません。


 木兎、赤葦、監督が不在という珍しい状況での部活前。いつもより少し早めに着替えて体育館に向かうと、ちょうど給水所から出てきたの姿を見つけた。両腕にジャグタンクを引っかけ、ドリンクが入ったボトルがたくさん入ったカゴを両手で持っている。どう見ても欲張り過ぎだ。ちょっと苦笑いをこぼしてからに駆け寄る。「あ、木葉さん!」となんだか久しぶりに思える笑顔を見てほっとした。

「持ちすぎだろ」
「大丈夫ですよ! 結構筋肉ついてきましたから!」
「いや、今にも折れそうですけど」

 の手からボトルが大量に入っているカゴを奪い取り、片手にかけているジャグタンクも一つ奪い取った。は「わたしの仕事が!」と奪い返そうとしてきたが、やっぱり無理をしていたらしく一つを持つので精いっぱいのようだ。それをけらけら笑ってやりつつ二人で体育館へ向かう。もう中で準備をはじめているやつらがいるらしく、曰く開始十五分前にははじめられそうとのことだった。真面目なやつが多い部活で助かる。

「部員勧誘うまくいくといいですね!」
「そうだな~。まあうちは毎年一定数入ってくるし、大丈夫だと思うけどな」
「マネージャーも入ってくれたらいいんですけどね~」
「いや、すでに三人いるのってかなり恵まれてるからな」

 明日に控えた部員勧誘の話をしていると、背後から「さん!」と声が聞こえた。振り返ると、そこには陸上部の加藤がに向かって駆け寄ってきていた。と前まで通りの関係になったことで安心して忘れていた。加藤という男の存在を。
 のことが好きなのだという加藤は、たしかに少し顔がへにゃへにゃしているように見える。なんというかにやけてるというか。好きな子と話せてうれしいです、というのが前面に出ているというか。俺に気付いた加藤が「お疲れ」と爽やかスマイルを向けてきたので「お疲れ……」と引きつった笑顔を返しておいた。

「加藤先輩、どうしたんですか?」
さんを見かけたからさ~走ってきちゃったよ」
「加藤先輩足早いですよね~! 羨ましいです!」

 もやもやする。加藤がに話しかけているのももやもやするけど、が加藤に笑っていることのほうがもっともやもやする。いつ仲良くなったんだろうか。やっぱり今日の朝練前、水道のそばで話しかけられたときにはすでに仲良くなっていたのだろうか。と加藤の顔を交互に見つつ、俺はこの場にいていいのか少し悩んでしまう。けれども、まあ、別に? 別に俺から気を遣って二人きりにしてやる義理はないし? 邪魔なら邪魔だって自分で言えばいいだけのことだし?もやもやをぶつけるように加藤をじいっと見ていると、「あ、それでさ」と加藤がより一層明るく笑った。

「この前は本当にありがとな」
「あ、うまくいきました?」
「ばっちり! さんのおかげだよ~本当にありがとう!」

 加藤が照れつつに何度もお礼を言う。なんだそのヘラヘラした顔は。内心若干舌打ちをしつつに目を向ける。は満面の笑みで「よかったです!」と言ったのち、深々と頭を下げつつ「由恵ちゃんのこと、よろしくお願いしますね!」と加藤に言った。……ん? 由恵ちゃん? 俺が若干のパニックに襲われているうちに加藤が颯爽とグラウンドへ戻っていき、は一人で「よかった~」と胸をなでおろしている。

「あの、さん」
「なんですか?」
「由恵ちゃんとは?」
「わたしの友達ですよ!」
「加藤と何の関係が……?」
「由恵ちゃんのことが気になるから協力してほしいって頼まれたんです」

 あまりの衝撃に「あ、そうなんですか」と返してしまう。はそれをおかしそうに笑って「なんですか~」と俺の脇腹を肘でつついた。曰く、加藤から由恵ちゃんなるの友人に関する情報をほしいと頼まれていたそうだ。デートに誘われるならどこがいいか、とか。プレゼントされるなら何がいいか、とか。はそれをさりげなく聞き出しては加藤に伝えていたのだという。それを黙って聞いているとが「あ、いや、そのですね!」となぜか焦りだす。

「加藤先輩が由恵ちゃんを大切にしてくれそうだと思ったから協力しただけですよ!」
「え、うん?」
「誰彼構わずこんなことしませんよ!」

 「誰にでも友達を売るような……いや売ってはないですけど……」とぶつぶつ言っている。加藤のことをいい人だとか、かっこいい人だし、とかいろいろ慌てて説明してくるに、ちょっとだけまたもやもやが芽生える。

「あのさ」
「はい?!」
「もし加藤が好きなのがだったとして、告白されたらどうしてた?」

 つい出来心で訊いてしまったことを一瞬のうちに後悔している。そんなの、答えを一番分かってるのは俺だというのに。女子にそこそこ人気があって、真面目で、スポーツマンで、結構いいやつ。どう考えたって加藤はそういうやつだ。対して俺は女子から若干下に見られてて、別に真面目じゃなくて、あんまりスポーツマンに見られなくて、ヘタレ。どっちのほうが女子にモテるかなんてすぐに分かることなのに。
 俺の問いかけにしばらく固まっていたが、突然吹き出す。そのままけらけら笑い始めると、止まっていた足を動かして体育館に向かい始める。そのあとについていきつつ「え、なんで笑ってんの?」と困惑してしまう。

「ありえないことですけど、もしそんなことがあっても断るに決まってますもん」
「なんで? 加藤イケメンだしいいやつじゃん」
「なんでだと思いますか」

 思ってもいなかった切り返しだ。笑い続けるの横顔を見つつ考えてみるが、何も言葉にはできない。体育館の入り口に到着し、二人そろって靴を脱ぎつつシューズに履き替える。両手が塞がっている俺の靴をが靴箱にしまってくれたのでお礼を言う。は「いえいえ~」と笑いながら自分の靴もしまうと、ジャグタンクを定位置においた。しゃがんで諸々のセットをしはじめるので俺も隣にしゃがんで手伝う。
 体育館に入るなり、監督不在のため部活を仕切ることになっているコーチに呼ばれる。返事をしつつジャグタンクとボトルが入ったカゴを置いてから、の顔を覗きこむ。「マジでなんで?」と観念しつつ笑って訊いてみる。俺の顔を見たは一瞬だけ困ったように笑ってから、すぐにいつも通りの笑顔に戻った。

「自分の胸に手を当ててよく考えてください」

 そう言ってから立ち上がってまた外へ出ていく。今度はタオルの準備をするのだろう。手伝ってやりたいのだが、生憎コーチに呼ばれている。若干後ろ髪を引かれていると小見は「俺が代理で行っときま~す」と笑ってのあとを追って行った。
 自分の胸に手を当てて、よく考えてください。頭の中でが言った言葉を繰り返す。繰り返せば繰り返すほど、自惚れで顔が熱くなってしまった。