darling

勘違い4(k)

 赤葦と雀田に課せられた任務は一つ。とにかくに雀田との噂は真実ではないと説明すること。その任務を果たすべく朝練後、校内で姿を見かけたら話しかけようと努力をしていているのだけれど。とにもかくにもが逃げる。移動教室の途中らしい姿を見つけて「~」と声をかけても「お疲れさまでーす!」と逃げていく。「お疲れ」くらいまでしか俺には聞こえていないレベルの速さだ。近くに雀田がいるわけでもないのに、どうしてずっと俺を避けるのだろうか。分からないこと尽くしなのだが赤葦に「何があってもめげないこと」と言われたのでとにかく頑張るしかない。今日は授業が一限早く終わって、そのあと部活の主将と副主将と監督は部活勧誘の説明会。残った部員は早めに部活を開始するのでいつもより部活の時間が長いのだ。つまりチャンスはまだまだあるということだ。今日中になんとかを捕まえて話をすればいい。
 午前の授業を終え、昼飯を買いに席を立ったとき。「木葉~」と聞き覚えがあるが教室ではあまり聞かない声で呼び止められた。振り返ると白福が雀田の席の近くに立っていた。

「お~お疲れ~」
「おつ~」
「どうした?」
「今日なんだけど私とかおり、委員会あるんだよね。だから遅れるってコーチに言っといて~」
「マジか。了解」

 なんでもじゃんけんに負けたらしい。雀田は仲の良いやつに誘われて渋々引き受けていたっけか。木兎と赤葦が不在のときなんかほぼないのだが、そういうときはなぜだか俺が代理みたいなことをしている。二年のやつからも委員会で遅れると連絡をもらったばかりだ。じゃあ今日は最初はが一人でマネージャー業をするというわけか。
 購買に向かうために教室を出て階段を降りていく。俺も早めに行って手伝ったほうがいいだろうか。いつも三人でやっていることを一人でやるとなると大変だろうし。そんなことを考えていると、ちょうどの背中を見つけた。声をかけようとしてはっとする。ふつうに声をかけたらたぶん逃げられる。いろいろ考えた結果、珍しく一人で歩いているその背中に静かに忍び寄る。手を伸ばしたら届くくらいの距離まで近付いてからの両肩を両手でがしっとつかんでやった。

「うひゃあ?!」
「よ、お疲れ」
「び、びび、びっくりしましたよ木葉さん!」
「いや、お前いつもこんな感じだからな?」

 けらけら笑いつつ手は離さない。離したら逃げられるからだ。が「おつかれさまです!失礼します!」と逃げ出そうとしてくるので「はいはい購買いっしょに行こうな~」と肩を後ろから掴んだまま歩いていく。は力いっぱい俺の手を振りほどこうとしているらしいのだが、驚くほど非力で痛くもかゆくもない。って、こんなに力弱いのか。新発見に驚いているとが「離してくださいよ~」と苦笑いした。

「今日友達いっしょじゃないの?」
「え、あー今日はみんな別件でいなくて」
「奇遇だな~俺も~」
「そうでしたか! では!」
「ちょっと木葉先輩とお話しましょうか~」
「急用が!」
「メロンパン奢ってあげましょうね~」

 なんか、ちょっとテンションが上がっている自分がいる。と久しぶりにちゃんと話せて、なんつーか、うれしいというか。いやめちゃくちゃ逃げたそうにされてはいるけど。
 の肩をつかんだままそれを押すようにして購買に向かって歩いていく。はその間ずっと何かを言っていたけれどすべて適当にかわしておいた。歩いている間つかみっぱなしのの肩にふと気を向けると気付いてしまった。あまりふだん俺からに触ることはないから今まで気付かなかったのだが、思ったよりも小さい。見た感じがものすごく細いということはないなのだが、こうして肩をつかむとはじめてそれを実感した。
 購買は若干人混みにはなっていたが、いつもよりは少し人が少ないほうに思えた。がっちりの肩をつかんでいる俺に代わってがパンを適当にとっていく。レジでようやく片手を離して会計を済ます。そうしてまたの肩をつかんで歩き出す。どこなら静かに話せるだろう。いろいろ考えた結果、部室が一番いいと思い、職員室に鍵を借りに行くことにする。は俺の考えが分かったらしく「部室の鍵ですね~」と笑った。
 無事鍵を借りて部室に到着する。鍵をが開けて中に入ってようやく手を離した。

「もー木葉さんのせいであと三十分しかないですよー」
「いや充分だろ?!」

 けらけら笑いながら部室の椅子に座る。は俺の斜め前に座ると買ったパンの袋を開けた。俺もパンの袋を開けて一口食べてから、もう早く話してしまおうと口を開く。

「あのですね」
「はい?」
さん」
「なんですか?」
「俺、彼女とかいないんですよ」
「…………え、どうしたんですか急に」

 おかしそうに笑う。いやいや、どうしたんですかって君ね。俺も笑ってしまう。

「なんか噂出てるんだろ?俺と雀田が付き合ってるだのなんだのって」
「え、あ、まあ……そうですけど……」
「あれ本当に違うからさ。訂正しといてくれたらうれしいな~、といいますか」
「別に隠さなくていいと思いますけどね~!」
「俺の話聞いてた?」

 相変わらず変なところで俺の話を聞いてくれない後輩である。はもそもそパンを食べつつちらりと俺を見た。久しぶりに目が合った。内心ちょっと喜びつつにこっと笑いかけてみる。は一瞬固まったのち、少しだけ考えるように視線を逸らした。「でも」と小さく笑いつつ呟いた横顔は、なぜだか困ったような表情を浮かべていた。

「好きだーって言ってたじゃないですか!」
「……え、いつ?」
「今日の朝練のときですよ」

 は笑って俺のほうを向き直ると「わたし以外みんな知ってたんですね~なんで教えてくれなかったんですか~」と続けた。え、なんの話? 完全に思考が停止してしまったが、とりあえず新たな勘違いが生まれていることだけはよく分かる。好きだー、って俺、雀田に言ったことないんだけど。ぎこちなく頭を動かしてゆっくりゆっくり朝練のことを思い出し、ようやく一つ思い当たる節を見つけた。そして、ふつうに、大笑いしてしまった。

「嘘だろ、うける」
「え、なんで笑うんですか!」
「なんでそこ勘違いするんだよ」

 笑いが止まらない。本当、なんでそれ、勘違いされるかな。なんで雀田に言ったなんて勘違いされてるんだよ。あれ、お前に言ったんだけど、俺。そう思うとおかしすぎて笑いが止まらない。パンくずが気管に入ってむせてしまうと、も笑いながら「えーなんですかー!」と俺の背中をさすってくれた。呼吸が落ち着いて笑いも落ち着くと、ようやく「あれ違うって」と苦笑いを浮かべる。

「雀田に言ったんじゃなくてさ」
「え、そうなんですか? てっきりイチャイチャを目撃してしまったのかと……」
「違う、あれはに言っ……」
「わたしがなんですか?」

 が首をかしげる。言いかけた言葉に心臓がばくばくしながら「いや、なんでも」と誤魔化しておく。が「えーなんですかー」と笑って俺の膝をこつんと叩いた。その顔が前まで通りに戻っていて、たまらなくうれしかった。