darling

新学期

※主人公視点です。
※主人公の友人がかなりしゃべります。


 新しい教室に入ると友達数人が声をかけてくれた。新しいクラスは友達が多いうえにバレー部だと赤葦がいっしょだ。楽しい一年になりそうなはじまりに喜ぶと同時に、来年のこの日はもうあの人はいないのだとちょっと寂しい気持ちになってしまった。
 自分の席に鞄を置いてから輪に入ろうと思って机に向かうと、途中でもうすでに席についている赤葦と目が合った。「おはよう!」と声をかけたら「おはよう」といつもどおりのテンションであいさつが返ってきた。赤葦と同じクラスになるのははじめてなのでなんだか新鮮な気がする。出席番号順だと席がそこそこ近いので何かとお世話になりそうな予感がした。鞄を置いて友達の輪に戻ると、その中の一人がこそこそとものすごく小さい声で話しかけてきた。

ちゃんってさ、赤葦くんと付き合ってるの?」
「え?!」
「仲良いじゃん、赤葦くんってあんまり女子と話さないのに」
「そうかなあ……別に話しかけたらふつうに話すと思うけど……」
「でも自分から話しかけるのちゃんくらいじゃない?」
「一緒の部活だからだよ~付き合ってないよ~」

 苦笑い。バレー部の人が聞いたら大笑いしそうな話だ。部外の人から見たらそんなふうに見えるんだ。ちょっと驚きつつ続いている友達の話を聞く。なんでもその子の友達が赤葦のことがちょっと気になっているとのことだった。赤葦の好みのタイプとか、彼女がいるのかとか、そういうことをいくつか聞かれる。残念なことに彼女がいないらしいということくらいしか協力できなかったけど。赤葦とは滅多にそういう話をしないから、と謝ると「部活が恋人タイプ」と結論付けられていた。意外と外れていない気がするので否定はしないでおく。

「バレー部のマネの先輩、めっちゃ優しそうで羨ましいなあ」
「雪絵ちゃんとかおりちゃん! すごく優しいお姉ちゃんって感じだよ!」
「先輩付けとかしないの?」
「はじめはそうしてたけど、二人からやめてって言われたんだ~」
「めっちゃ羨ましいなあ」
「あ、ねえねえマネの先輩二人ともバレー部三年の人と付き合ってるって本当?」
「え?! そうなの?!」
「知らないんかい!」

 友達がけらけら笑う。雪絵ちゃんもかおりちゃんも彼氏いないって言ってたけどなあ。話を聞いてみると、なんでも雪絵ちゃんは木兎さんと付き合っているという噂があるとのことだった。たしかに二人は仲が良いけど、そういう感じの仲の良さじゃないと思うけどなあ。真相は謎なのでとりあえず「へー」と返しておく。一応「二人とも彼氏いないって言ってたけど」と付け加えておくと、「部内恋愛とか言い出しにくいじゃん」と言われて納得する。たしかにそうかも。去年卒業していった先輩が同輩のマネージャーと付き合ってたらしいけど黙ってたし。そう言われると二人が「彼氏はいない」と言っていたのもカモフラージュのためかも、と思えてきた。

「かおりちゃんは誰と付き合ってるの?」
「えーっと、なんだっけあの人。なんて名前だっけ?」
「えーどの人?」
「木兎先輩より背が低くて~……あ!目が細い人!」

 どき、と心臓が動いた。鷲尾さん、は目が細い方だけど、木兎さんよりちょっと背が高い。猿杙さんと小見さんは木兎さんより背が低いけど目が細いという印象はない。赤葦のことは名前を知ってるし目の前にいるのだから必然的に選択肢から外れる。他の先輩に条件に当てはまる人が数人思い浮かんだけど、運動部とほぼ縁のない友人たちが知っている可能性があるのは、一人だけだった。

「あの髪の毛さらさらの人だ?! 去年応援行ったけど試合出てたよね?」
「そうそう! ちゃん、あの人なんて名前なの?」
「……たぶん、木葉さん、のことかな?」
「あーそうそう、そんな感じの名前だった!」

 すっきりしたー、と友達は笑う。誰から聞いたのかを聞いてみると、なんでも女バレの子や他の運動部の子から聞いた噂なのだという。ちょうど教室に入ってきた女バレの子に声をかけてその噂の話をする。女の子は恋バナが好きな子が多い。女バレの子も例にもれず「そうそう!」とすぐに話に混ざった。よく二人でいるところを見るとかそういう話をするのをぼんやり聞くだけで、何も言葉は出なかった。
 たぶん、ただの噂なんだと思う。雪絵ちゃんと木兎さんだってただの噂だと思うし、かおりちゃんと木葉さんだってきっとそうなのだろう。そう思うたび友達の言葉が頭の中に響く。「部内恋愛とか言い出しにくいじゃん」。たしかに。たしかにそうかも。思い返してみればかおりちゃんと木葉さんはとても仲が良いし、よく二人で内緒話をしている姿を見る。春季合宿のときもそうだった。
 あれ、わたしって、もしかして、邪魔してる?

「白福先輩と木兎先輩も、雀田先輩と木葉先輩も、遠目に見てもお似合いなんだよね~」

 女バレの子はそう言い残して他のクラスに用があるらしく鞄を置いてから教室を出ていった。友達は「いいなあ彼氏ほしい~」と苦笑いをこぼし、それにもう一人も同意した。わたしはというと、なんだか衝撃を受けたまま黙りこくってしまう。
 どう考えてもわたし、邪魔してたなあ。春季合宿だけじゃなくて今まで全部。もしそれが本当の話だったらかおりちゃん、すごく嫌だっただろうなあ。優しいし大人だから黙っていてくれたのだろうけど。なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 思っていた、のだけど。木葉さんが過ごしていくこれからのそばにいるのが自分でなくても、見ているだけでいいと思っていたのだけど。実際目の前にしてみるとこんなにも。
 結局のところ自分はものすごく欲張りなやつだったのだ。欲張り者め、わがままなやつ。内心でそう自分を咎めてへらりと笑う。「お似合いでいいなあ」と呟いた言葉がじわじわと心臓を冷たくした気がした。