darling

未来予想図

※主人公視点です。


 空になった飲み物とポップコーンの入れ物を係の人に渡してから劇場を出る。歩きながら木葉さんが「あ~」となんだか恥ずかしそうに声を出した。

「ふつうに感動してしまった……」
「二人がケンカしたシーン、ものすごく切なかったですね」
「そこもだけど俺ふつうに告白のシーンがやばかった……」

 ああ、たしかに木葉さんそのあたりが一番涙腺崩壊してましたね。そう呟くと「うるさい」と頭をチョップされた。それに続いて「もな」といたずらっぽく笑われる。あんまり映画は観ないわたしと木葉さんだったけど、意外と感情移入しやすいタイプだったらしい。二人してずびずび鼻をすすりながら映画館を出た。
 近くにちょうどカフェがあったのでそこに立ち寄ることにする。小腹が空く時間だったのでわたしも木葉さんも軽食と飲み物を頼む。奥の席で先ほど観たばかりの映画の話をしている木葉さんの目が少し赤い。楽しんでくれたみたいでよかったなあ。自分が選んだ映画なので若干不安だったし、木葉さんはああいうラブストーリーよりアクション系の方が喜ぶかなとかいろいろ悩んでいたので、本当にほっとした。

「ヒロインの子、なんかに似てたよな」
「え、どこがですか……ハリウッド女優に似てるわけないじゃないですか……」
「いや顔とかじゃなくてさ。雰囲気? ちょっとドジなんだけど一生懸命でさ」
「……そう、ですかね」

 苦笑い。あの映画のヒロインのように素直でもなければかわいくもない。似てないと思うけどなあ。何やってもうまくいかないし、ドジばっかりだし。木葉さんにはたくさんかっこ悪いところを見られているはずなのでなおさらだ。

「なんかほっとけない感じ? すげーっぽかったわ」
「それなら相手役の人は木葉さん似でしたね」
「どこが?」
「世話焼きなところが」
「え、俺って世話焼きなの?」

 無自覚なんだ。新発見に驚きつつ「世話焼きですよ」と返しておく。木葉さんはもちろんわたしにだけじゃなくみんなに世話焼きだと思うけどなあ。雪絵ちゃんとかおりちゃんのちょっかいにもノリノリでかまうし、木兎さんがしょぼくれモードになったらフォロー入れるし、赤葦がしんどそうなときは明るく声をかけるし、割と小見さんのことを制御してるし、猿杙さんからよく助けを求められてるし、口数の少ない鷲尾さんの代弁をよくしてるし。言い始めたらキリがないくらい世話焼きなところ、わたしは知ってるのになあ。本人が気付いていないっていうのはなかなか面白い。

「木葉さんは一生だれかの世話を焼いて生きていきそうですね」
「なにちょっと怖いこと言ってんだよ……」
「自分のことも世話焼かなきゃだめですよ~」

 へらりと笑ってみる。木葉さんはそれを見て少しだけ間を置いてから、同じようにへらりと笑った。そのまま右手をこっちに伸ばしてきた。何をするのかと見ていたら、思いっきりでこぴんをかまされた。

の世話焼くので忙しくて自分のこと構ってらんないんです~」
「わたしのせいですか!」
「そうです~」
「わたしってそんなにドジですか?」
「いや、ドジとは言ってないから。ただなんか構いたくなるってだけ」

 けらけら笑う。人の気も知らないでこの人は。そんなことを言われたら少し調子に乗ってしまうじゃないですか。にやけそうになる口元を隠すように飲み物を飲むと、木葉さんも同じタイミングでコップを持ち上げた。飲み物を一口飲んでから木葉さんが視線を逸らす。窓の方を見ている目がまだ少し赤いのが、なんだかかわいかった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




の家の最寄り駅ってどこ?」
「〇×駅です」
「えっ、遠くね?!」

 視線を路線図からわたしに戻す。そういえば今までどこらへんに住んでいるかとかそういう話はしたことがなかったっけ。ぼんやりとはお互い知っているけれど。大体ここから一時間半くらいかかると伝えれば、木葉さんはより一層驚いていた。

「悪い、もうちょっと早い時間にすればよかったな」
「いえいえ!ぜんぜん大丈夫です」
「結構暗くなってきたし、送ってくわ」
「ノーセンキュー!です!」
「送っていきます~」

 ピッ、とICカードをかざして改札に入っていく。それを追うように私も改札をくぐって木葉さんの隣を歩く。「いいですって」と言うのに木葉さんは頑なに「いいんですって」と笑うだけだった。さすがにここから一時間半の道のりは木葉さんに負担をかけてしまう。それどころか木葉さんの家はわたしとは反対方向のはずだ。さらに時間を食ってしまうのだ。何度もそう説明しても「いいって」と頑なに突っぱねられる。ホームにやってきた反対方向であろう電車に当たり前のように乗り込んでいく。

「木葉さんってば」
「お、席空いてる~」
「聞いてますか~」
「痛い、ちょ、つねるのは反則だろ」

 笑いながらわたしの手をつかむ。「いいんだって」と手を離したのちスマホを取り出した。片手で少し操作をして「この前グラウンドに猫いてさー」と写真を見せてくる。黒白の猫の写真を「かわいいですねー!」と言ったのち「いやそうじゃなくて」と木葉さんの顔を見直す。

「本当に大丈夫ですから。次の駅で降りてくださいね?」
「なんで?」
「なんでって……」
「いいじゃん。俺が送りたいの」

 「これ一年のときの木兎~」とまた別の写真を見せてくる。無邪気に笑う顔に思わずわたしも笑ってしまう。
 電車が目的の駅に着くまでの間、木葉さんはずっとそんなふうに写真を見せたりしておしゃべりをしてくれた。夕日が沈みかけている暗いオレンジがきらきら眩しい。電車が揺れるたびに木葉さんの髪が小さく動く。ずっと見ていられるなあ。なんて、一人で考えて勝手に幸せになるわたしは、きっとおかしな人なのだろう。