darling

春季合宿8(k)

「やるじゃん」
「……どうも」
「告った?」
「どうしてすぐにゴールを求める?!」

 五日目の朝。朝食のあと歯を磨き終わってうがいをしていたところを雀田に捕まった。ぐいぐいと基本的に朝は誰も来ない洗濯場に連れていかれ、「昨日、どうだった?」と満面の笑みで聞かれたわけだ。雀田は純粋に応援してくれる相談相手なのでありのままを伝えた結果、冒頭のセリフが出てきた。
 雀田は「え~」と不満げな顔をしたが、「まあ良しとする」と笑う。

「まあ、木葉が言いたいときに言えばいいよ」
「おう」
「なんかあったら話は聞いてあげるから」

 ぽんぽん、と肩を叩かれた。いいやつだ。「サンキュー」と目線を逸らして照れつつ言うと、雀田が思いっきり俺の脇腹を叩いて「木葉のくせにかわいい顔すんな」となぜかキレた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 五日目の練習はひたすら試合形式をぐるぐると永遠に回す、通称「無限試合」なのだがこれが一番きつい。チームはくじ引きで決められたものなのだが、一試合が終わるたびにまたくじを引いてずっと違うチームでやるのだ。春季合宿は人数が足りないため、四人で構成される変則チームということもあってきつさ倍増だ。今日やった中で一番「これはねえわ」というチームはなぜかリベロ三人と俺しかいないチームだった。レギュラーであるリベロの小見にそのままリベロをやってもらい、残るリベロ一人にセッター、もう一人にミドルブロッカーをやってもらったがものの見事に惨敗。逆に一番当たりだったのは木兎、赤葦、鷲尾、俺のチームだった。奇跡の如くレギュラーが揃ったそれに相手チームからは大ブーイングが起こったが、くじ引きで決まったことだ。文句を言われる筋合いはない。もちろん全力で勝ちに行ってやった。
 二時間ほどぶっ通しでそんな練習を続け、ようやく十分を休憩を挟む。部員全員がぜえぜえと息を切らして、用意されているスポドリを飲みにステージの方へ集まっていく。無限試合をしているとき、マネージャーもかなり忙しい。今年は三人いるのでどうにかなっているが、得点をつけたりなんやりして各コートを回らないといけないのだ。マネージャー三人も休憩に入ると「しんど~」と苦笑いを漏らすほどだった。マネージャーたちもスポドリを飲みつつ談笑を始めると、端にいたの足元にボールが転がっていった。カゴから溢れたらしい。は紙コップをステージに置いてからボールを拾うと、カゴの方へ戻しに行こうとしたのだが。白福が「ちゃんってバレーやったことあるの?」と声をかけたので足を止めた。

「ほぼないです」
「ほぼ?」
「体育で何回かやりましたけど、下手くそだからってあんまりボールが回ってきませんでした」
「え、なにそれ切ない……」

 が持っていたボールを雀田が手に取り、「パスやってみようよ」と笑う。は軽く手首や足首を回したのち「どんとどうぞ!」と言った。白福も混ざってどうやらオーバーのパスをはじめるらしい。そういえばがバレーやってるとこ、見たことないな。雀田や白福は一年のときから休憩中にパスをやってみたりしている姿をよく見ていたけど。二人とも運動神経が悪いということはなく、ふつうにやっていた記憶がある。雀田はオーバーでパスを回す。はじっとボールを目で追って、パスを出そうとボールに触れた、の、だが。

「……うん、予想以上だわ」
「なんでですかね?」
「めっちゃ手の平全体でボールつかんだもん、そりゃそうなるよ」

 雀田も白福も苦笑いをこぼしている。少し離れた場所で見ていた俺たち選手一同は若干ざわつきすらしていた。小声で「え、今のマジ?」と木兎が俺に聞いてくるので「っていつも全力だからマジだろ」と返しておく。本当、かなり衝撃的な光景だったかもしれない。
 何度かオーバーのパスを繰り返しやろうとするのだが、手の平にぶつかる音が響くか思いっきり突き指しかけるかのどちらかが続く。雀田と白福が「親指と人差し指で三角形作って」「肘伸ばしすぎ!」「手首手首!」と指導をするものの、全くうまく飛ばない。

ちゃん、バレーボール赤点です」
「え~!」
「アンダーならできるとか?」

 雀田がアンダーでパスを出す。はそれをアンダーで返そうとするのだが。正直バレーボールをやってきて初めて見たかもしれない。アンダーでパスを出そうとして、自分の背後に思いっきり打ち上げる光景というのは。

「今なにした?!」
「嘘でしょ?! ちゃん冗談だって言って?!」
「おかしいなあ」
「この子めちゃくちゃ本気だわ!」

 なるほど、体育のバレーでボールが回ってこないわけが分かった。いや、だって今、ボール思いっきり親指の付け根で受けたぞ。呆然とする選手陣に気付かないままに二人はの特訓をはじめた。一人でアンダーパスを続けられるかやって、と雀田に言われてがボールを真上に投げる。白福に「ここでボール受けるんだよ」と教えられた場所を落下地点に合わせるが、ボールは弾まないままにの腕に乗っかるだけだった。

「うん、下手!」
「雪絵ちゃんばっさりすぎですよ~!」
「スパイクとか打てる?」
「分かんないです!」
「よし物は試しだ」

 雀田がからボールを受け取る。どうやらにスパイクを打たせるらしい。白福の頭上にボールをふわりと投げ、白福がものすごく簡単なトスをあげた。はボールの落下地点にふらふら~っと歩いていき、とくにジャンプすることなく右手を振り抜く。振り抜いたのだが。右手にボールが当たることはなく、無情にもボールはの頭に勢いよく落下した。

「コント的には百点だったよ!」
「やった!」
「え、それ喜んじゃうの?」

 その後もはボールをぽんぽん飛ばしたり壁に向かってボールを打ち抜こうとしたり、いろいろやってみていた。けれど、どれもこれも上手くいかずに「なんでだろ~」と残念そうな顔をしていた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 午前の練習が終わり、昼食まで係のやつら以外は自由時間になる。ネットやらボールはまた午前にも使うのでそのままにしておく。木兎たちは宿舎に戻るというのでついていこう、としたのだが。
 が体育館の隅っこで一人バレーボールと戦っている姿を見つけた。「俺残るわ~」と木兎たちに言って、そこでみんなとはわかれた。三年マネージャー二人が昼食係として練習の途中で抜けていったので一人でやっているのだろうが。遠くから見てもものすごく不格好なその体勢に思わず笑ってしまった。膝が曲がっていないから全身を使えていないし、肘がやたら伸びているのでうまく力が伝わっていない。棒立ちで必死にボールを叩いているように見えるその姿はなんとなくロボットっぽい。笑いをこらえながらに近付いていくと、が力任せに吹っ飛ばしたボールが俺の方に飛んできた。それをふつうにオーバーでの方に返すと、オーバーでとらえようとしたの顔面に思いっきりぶつかった。

「マジかよ! 大丈夫か?!」
「痛いです木葉さん」
「だろうな?!」

 駆け寄るとおでこを押さえて若干涙目のがけらけら笑って「うまくいかないんですよ~」と呟く。の足元に転がっていたボールを拾って、「見ててみ」と声をかける。一年生のころに死ぬほどやらされた一人でのオーバーパスをやってみせる。中学のときからバレーをやっていたので俺としては当時からできて当然のそれを、はじいっと見つめてぼそりと「すごいなあ」と呟いた。

は体が突っ張っちゃってるから、ボールが変な方に飛んでくんだよ」
「曲げるんですか?」
「それ曲げすぎ」

 なんつー不格好な……。思わずまた吹き出すとが「笑いましたね?」と不機嫌そうな顔をした。「ごめんて」と謝りつつ「このくらい」と腕の位置を教えたり諸々指導をしてみる。

「ボールを指で受け止めたら肘を伸ばす」
「肘伸ばす……」
「手首伸びっぱだとちゃんと飛ばないから、手首はしならせるように」
「手首しならせる……」

 笑うと怒られるので笑わないように気を張る。、真剣になればなるほど俺の言ったことをオウム返ししてる。めちゃくちゃ腹と口元に力を入れて笑いを堪えつつ、少しずつ良くなっていくの下手なオーバーパスを見続ける。続けて続けて、全部のタイミングがぴったりと合わさったとき。

「飛んだ!」

 きれいにボールが上にあがる。さっきまでとは比にならないくらいの高さまで上がったボールには目を輝かせていた。一度できるとコツをつかむタイプらしく、先ほどまでの下手くそオーバーが嘘のようにふつうのオーバーになった。

「うまいうまい」
「木葉さんが教えてくれたからですよ~ありがとうございます!」
「その調子でアンダーもいっとく?」
「いっときます!」

 がボールを投げて渡してくれる。受け取って「アンダーは」と話し始めようとしたのだが、妙にがきらきらした目で見るので気になってしまった。「どうした?」と笑って聞いてやるとは「えーっと」と苦笑いをこぼす。

「木葉さん、やっぱり髪の毛さらさらできれいだなーって思ってただけです!」

 いつものならすぐに口に出すだろうに。少し不思議に思ったが理由はすぐに分かった。そうか、俺が前に髪を触ることを注意したからか。バレンタインのときにもそんな話をした気がする。「木葉さんは髪の毛を触られるのが嫌い」という認識がしっかり頭にインプットされているらしい。そういうわけじゃないんだけど。ボールを小脇に抱えつつ「触ってもいいよ」と言ったらはものすごく驚いた顔をした。

「木葉さん髪の毛触られるの嫌いじゃないですか!」
「いや、嫌いって一言も言ってないんだよね、実は」
「え、そうでしたっけ?」
が触ろうとしたとき、汗で濡れてたからやめときなって言っただけ」

 だから触りたいなら別にいいよ、と若干照れつつ言ってみる。まるで触ってくださいとお願いしているような気持ちになりつつの反応を待つ。は「えー!」と肩を落としたあと「早く言ってくださいよ~」と笑った。は「じゃあ遠慮なく」と腕を伸ばす。それをちょっと避けて「いや、いま汗で濡れてるから後にした方が、」と言ったがは問答無用だった。ちょっとだけ背伸びをしつつ、耳の根元くらいから指を髪に差し入れた。

「さらさらだー!」
「話聞いてる?」
「汗なんかどうでもいいですよ~」
「ならいいけど」
「木葉さんちょっとしゃがんでください、堪能させてください」
「その言い方やめなさい」

 しゃがむより頭を下げた方が早かったので「ん」と頭をちょっと下げてやる。はわしゃわしゃと何度も俺の髪を梳くように触っては「さらさらだー」と呟き続けた。男の髪を触って何が面白いのかさっぱりだったが、まあ楽しそうなのでよしとする。わしゃわしゃし続けていたが急に手を止める。終わりか、と思ったのだが終わりではなかった。顔を近付けたかと思ったら、ふつうににおいを嗅いだのだ。

「ばっ、こら!やめなさい!」
「え、なんでですか」
「汗臭いだけだろ!」
「いい匂いでした!」

 シャンプーの、とが付け足す。なんでプレゼントを渡したり手をつないだりしたときは照れるくせに、こういうのは照れずにやるんだよ! 俺が照れるんだけど!
 は最後にもう一度俺の髪を触ってから「アンダーお願いします!」と笑った。