darling

春季合宿5(k)

 今回はじめて料理をしたというメンツによって作られた夕飯を無事に食べ終わり、片付け係が食器を洗い始めたころ。珍しく赤葦が自分から雀田に話しかけているのを目撃した。離れた場所にいるので内容までは分からないが、雀田が「そう! それ!」と何かに激しく同意している様子だけはよく分かる。赤葦もなんだか疲れたような、呆れたような雰囲気を背中だけで醸し出している。何かあったんだろうか。不思議に思いつつも会話に混ざっているわけではないので、とりあえずスルーしておくことにした。
 はずだったのだが。そんな赤葦と雀田が俺の目の前にいる。ものすごくガラの悪い顔をして。「え、なに」と俺が戸惑いつつ笑うと「ちょっとツラ貸しな」と雀田が言って、赤葦が俺の腕をつかんで「ツラ貸してください先輩」と無感情に呟く。え、そのキャラなに?



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「あの~……一体これはなんでしょうか……」

 連れてこられたのは誰もいない女子部屋だった。なぜか正座をしている俺の目の前には仁王立ちしている二人がいる。雀田がチッと舌打ちをしてから俺の前にしゃがんだ。

「告れ」
「は?!」
「今すぐちゃんに告ってこい」
「いや、は? え?」

 赤葦も雀田の横にしゃがむと「腹決めましょう、先輩」と珍しくノリノリに呟いた。いや、なんでこいつらこんなにテンション上がってるの?困惑する俺に雀田は「もー!」と頭を抱えた。

「あんた本気でちゃんがあんたのことキーホルダー的に好きだと思ってんの?」
「キーホルダー的ってなに?!」
「風呂での会話聞いてたの知ってんだからね?!」
「マジかよ、すみませんでした」
「そんなことはどうでもいい!」

 ものすごく熱くなっている。こんな雀田を見たのは初めてかもしれない。いつも飄々としているのでなかなか衝撃的な状況だ。その隣にいる赤葦はいつも通りだけど。

「い、いやでも、告るとか告らないとかは俺の自由……じゃん……?」
「それはそうですね」
「えっすぐ認めてくれんの?」
「俺たちお節介でやってることは重々承知してますから」

 雀田はともかく、赤葦がこういうことに首を突っ込んでくるとは思わなかった。そんなことを思っているのが赤葦には分かったらしい。「本来はこういうことしないですよ、俺」と苦笑いを漏らす。内容は話せないと前置きがされてしまったが、の話をいろいろ聞いて雀田とタッグを組むことを決めたらしい。え、なに、となに喋ったの? あと俺が雀田に相談に乗ってもらってるのもなぜ知っていた?!

「木葉さん顔に出やすいですよね。ホワイトデーに渡すつもりだった髪飾りの存在も知ってますよ」
「なんで?!」

 もうやだこいつら怖い! 心底怯えつつこの状況をどう打破すればいいのかを考えてみるが、一切何も思い浮かばない。というか赤葦と雀田のタッグって強すぎてもうチートレベルじゃないだろうか。
 赤葦の言う通り、実はちゃんとホワイトデーにお返しをしようと女子がポニーテールとかにつけている、なんか飾りがついた髪ゴムを用意はしていた。いざ渡そうと思っても、やっぱり返されるんじゃないかとか自惚れてるキモイとか思われるんじゃないだろうか、とかいろいろ考えて渡せず仕舞いとなってしまったのだけど。

「じゃあこうしましょう」
「な、なんだよ」
「告白はまだしなくていいので、髪飾りをに渡しましょう」
「行ってこい」
「雀田めちゃくちゃせっかちだな?!」
「タイミングがないかと合宿にも持ってきてるなんてお見通しですよ」
「赤葦めっちゃ怖いんだけど……」

 雀田がポケットからスマホを取り出す。「ゃん現在一階にて洗濯中」と言ったのちスマホをポケットに仕舞った。待って、協力者他にもいんの? すかさず雀田が「雪絵」とにっこり笑った。そして続けざまに「今から木葉が向かうからうまく抜けてって伝えといたよ」と肩を叩かれた。俺の肩から手を離して雀田がそのまま部屋から出ていく。いや、お前が一番に出てっちゃだめだろ。ここ女子の部屋なのになんで俺と赤葦が残るんだよ。そう思いつつ「マジか……」と呟くと赤葦も俺の肩を叩いて「腹、くくりましょう」と呟く。

「大丈夫ですよ、絶対喜びますから」



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 いや、そうは言われても、やっぱり怖いもんは怖い。お前ら本当に確信持って言ってる? なんで俺、クッキーとかじゃなくて髪ゴムとか買ったかな。なんか意味深じゃん。クッキーとかだったら「やっぱもらったしさ、食べて」と軽く渡せただろうに、なぜ髪ゴムにした? しかもなんか女子が好きそうなやつだし。なんかがよく小物とかで持ってる色に合わせてるし。気持ち悪くない? 髪ゴムもらったとしてさ、もし付けずにいたら先輩に失礼かな、とか気を遣って好みじゃないやつ付ける羽目になるとかさ。そういうのなんで俺、思いつかなかったかな。女子から女子にこういうのあげるのは分かるけどさ、俺男じゃん、なんで気付かなかったかなそんな簡単なこと。
 かわいらしい包みに入ったそれをポケットに入れて、一階の洗濯機がある部屋の前で立ち止まる。中からはグオングオンと結構古めの洗濯機が回る音が聞こえてくる。雀田の話が本当ならばもう白福は中にいないはずなので、が一人で洗濯をしているはずだ。
 いや、本当、なんて言って渡せばいいの? 中学のときとか女子から個人的にチョコもらって、個人的にお返ししたことくらいあるのに。一切会話が思いつかない。クッキーとかだったら簡単なのに。なんであのとき、に似合いそうだからとこれにしたかな、俺。だってっていつも髪になにか付けたりしてないし、こういうの似合いそうなのにな、って思っちゃったんだよ。いつも黒い髪ゴムでくくってるだけだから、こういうの付けたところ見てみたいなとか、思っちゃったんだよ。バカか俺は。
 そんなふうに一人で葛藤し続け数分。事態は思いがけない形で進展してしまう。

「あれ、木葉さん!」

 ドアが開いたのである。部屋の中から。開いた瞬間一気に全身が熱くなったのが分かった。マジかよ、まだ何も整理できてないんだけど!「何してるんですか?」とが俺の顔を見上げる。「あーえっと」と言葉を探していると、は「洗濯出し忘れですか?」と不思議そうな顔をした。

に、渡したいものが、ありまして」
「なんですか?あ、メニュー表ですか?さっき木兎さんからもらいましたよ」
「いえ、そうではなくて、ですね」
「なんで敬語なんですか?」

 は不思議そうにしつつも笑った。「木葉さんなんか変ですよ~」と俺の腹をぽんぽん軽く叩く。余裕でつむじが見える位置にあるの頭、そして、やっぱりシンプルな髪ゴムで結ばれただけの髪の毛。ここまで来たらもう勢いだ。意を決してポケットに手を突っ込み、かわいらしいそれをやけくそで取り出した。

「これ」
「なんですか?」
「……ホワイトデー。遅くなってごめん」
「えっ」
「気に入らなかったら別に捨ててもいいから、もらうだけもらってください」

 ほとんど無理やりに押し付ける。は戸惑いながらそれを受け取ると「え、そんな、よかったのに」ととても驚いた顔をしていた。ほら~! やっぱちょっと引いてんじゃんちくしょう! 赤葦と雀田に脳内でブチギレながら居た堪れない気持ちでいっぱいになってしまう。
 から目を逸らして「それだけです」と恥ずかしい気持ちいっぱいで呟いてから「じゃ、また明日」と言いつつちらりとの方を見る。ぎゅうっとかわいらしい包みのそれを両手で握って、は、見たことがないくらい顔を真っ赤にさせていた。え、ちょっと待って、それどういう反応? つられて俺までさらに顔が熱くなってしまう。お互い赤面したまま無言の時間が流れる。ちょっと、え、どうしよう、ここからどうすればいい? こんなんだから俺はヘタレだのびびりだのいろいろ言われるんだろうけど、誰だってこの状況になったら狼狽えるんじゃないの? だって、目の前で好きな子が、めちゃくちゃ、なんか死にそうなくらい真っ赤になってるんだぞ? なんかめちゃくちゃ大事そうに自分があげたものを握ってるんだぞ?
 真っ赤な顔のはハッとした様子で俺の顔を見上げる。余計にの顔が赤くなった気がしたが、いつも通りニコッと無理やり笑った。

「大事にします! 家宝にします! 部屋に飾ります!」
「いや、そんな大したものじゃないし……嫌じゃなければ使ってくれたら、うれしい、です」
「えっ、あっ、は、はい……!」

 「それでは、また、あした……」とに手を振りつつ逃げるように退散する。無理、なに、あの顔。調子乗るじゃん、本当、やめてくれ。これ以上俺のことを恥ずかしいやつにしないでください。階段を上がり切ってすぐにその場に思いっきり寝ころんでやる。もう無理、熱い。いま何月? 三月? うそだろ、八月だろ今。ごろんごろんとその場で耐えきれずのたうち回っていると、女子部屋から出てきた雀田にムービーを撮られた。

「どうだった?」
「ありがとうございました……雀田さん、白福さん、赤葦さん……」
「雪絵ー! 赤葦ー! 今度木葉が奢ってくれるから何がいいか考えときなよー!」

 男子部屋から赤葦、女子部屋から白福が顔を出す。もう「奢らせてください」しか言えなかった。