darling

春季合宿4(k)

 釈然としないまま風呂からがあり、微妙な気持ちのまま風呂上りばったりと鉢合わせた。風呂上りということもあり髪の毛がぺったりとしている。なんとなく新鮮だ。はにこにこと笑って「いい湯でしたね~」とまるでいっしょに入ったかのように言った。

「濡れ木葉さん新鮮です!」
「濡れ木葉さんってなんだよ! もな」
「大浴場ってどれくらい大きいんですか? 泳げますか?」
「泳げるかどうかが基準なの?」

 は「泳ぎませんけどね、子どもじゃないですから!」と胸を張る。いや、自慢気に言われても。相変わらず明るくて愉快な後輩だ。
 二人いっしょに二階にあがっていく。女子は二階の奥、俺たち選手は反対側の奥の部屋を使っている。間にある広いスペースは男女共有のスペースになっていて、食事が終わったあとに幹部代でいろいろ話し合ったり、ただただみんなでだべったりするのに使っている。階段をあがる間も楽し気にいろんな話をするのころころと変わる表情を見ながら、頭はぐるぐるといろんなことを考えていた。
 やっぱり俺のことが好き、っていうのはマスコットキャラクターとかキーホルダーとか、そういう意味でなんですかね、さん。頭の中でなら堂々と何度も聞けるのに。口には一切出せない自分はやっぱりびびりなんだろう。分かってはいるのだけど、やっぱり聞けないままだ。の本心を聞くこともできない、自分の本心を話すこともできない。究極のびびりだ。そりゃ雀田も怒るわけだ。
 共有スペースの前で「じゃあ」とわかれようとしたら、が「あ!」と思い出したように声を上げた。

「ジャージ! 返します!」
「あ~忘れてた」
「すみません、待っててください!」

 そう言い残してはぱたぱたと部屋に走っていく。まだ三年マネージャー二人組は帰っていないようで、声をかけずに襖を開けて部屋に入ってから数秒でまた部屋から出てきた。急いで俺の近くまで戻ってくると「ありがとうございました! いい匂いでした!」というので「馬鹿野郎」と頭を小突いてやった。ジャージといっしょに「お礼にこれどうぞ」とチョコレートのお菓子を手渡される。断ってもはくれると言うだろう。そう思って有難くいただくことにした。
 とはそこでわかれ、自分はむさくるしい部屋に戻る。部屋に入る前に、合宿の決まりとして誰かが部屋にいる場合は学年と名前を名乗らなければいけない、というものがある。決まりに従い「二年木葉入るぞ~」と声をかけてから襖を開けた。一階の部屋は大体が洋室なのだが、二階に関しては全部屋すべてが和室になっていて、なんだか解放感がある。中には俺より先にあがったやつらがごろごろとくつろいでいる。今日の食事係が今頃四苦八苦しながら料理をしていると思われるので、恐らく夕飯は一時間くらい待つことになりそうだ。一年生が敷いてくれた全員分の布団だが、部屋が若干狭いのでかなりぎちぎちだ。共有スペースとは襖で区切られているだけなので、襖を開け放してしまって布団を敷いてもいいのだが、一年生はこの一室でいけると判断したらしい。新入生を入れた夏合宿のときは例年通り、寝るときだけ共有スペースを選手スペースに広げて眠ることになるだろう。今は誰かの布団を多少踏んでしまうのも致し方ない。ひょいひょいっと人の布団を少し踏みつつ自分の布団にたどり着くと、なぜか俺の布団にまで範囲を広げている小見を足で退かしてやる。

「はいはい退いて~」
「え~」
「え~じゃねーから~」

 小見が渋々自分の布団に戻る。布団に座り込んで簡易の洗面具だけ鞄にしまい込む。脱いだ服や使ったタオルは洗濯係のマネージャー陣が今日のうちに洗濯機に入れて乾燥しておいてくれる。だから着替えなども必要最低限でオーケーというわけだ。から先ほど返してもらったジャージは明日着るので鞄の上にぽいっと置いておく。もらったお菓子はどうしようか迷ったが、小腹が空いているし今食べてしまおう。そう思い箱を開けようと裏返す。
 最近よくある、とくに受験シーズンとかにお菓子のパッケージの隅っこにメッセージを書き込めるやつ。がくれたお菓子のパッケージもまさにそれだった。がくれたそれのメッセージ欄は、今多い受験生に向けた桜柄とか絵馬柄じゃなかった。ひとシーズン違う、恐らくバレンタイン用の、ハート柄。メッセージ欄の中にはの字で「いつもありがとうございます。大好きです」という言葉が並んでいる。その横にはよく分からない動物に矢印が向けられ「このはさん」と書かれていた。

「……箱、捨てらんねーじゃん……本当……」

 思わずにやけてしまった顔は幸い誰にも見られなかったようだった。