一日目の練習が終わると、全員まず真っ先に風呂に向かう。風呂のお湯は練習中にマネージャーが頃合いを見てためておいてくれたらしい。大浴場と小浴場がある宿舎では毎年マネージャーが小浴場を使って男子は大浴場だ。今日は練習が早めに切りあがったので、風呂からあがったのち一日目の食事係はその仕事に向かうことになる。明日からは風呂のあとに作り始めるとかなり遅くなってしまうので、練習中にマネージャー一人か二人とともに数人が練習を抜けることになる。
温かい湯船に浸かるとじわじわと心地よい感覚が全身に広がる。疲れ切っているためほとんど誰も口を利かないままのんびりと心地よさを噛みしめている。そんなときだった。隣の小浴場からきゃっきゃっとマネージャーたちの声が聞こえてきた。その瞬間、大浴場に緊張が走る。何度でも言う。俺たちはただの男子高校生であり、ただの年頃の男だ。
「……どう思う」
「いや、やっぱ白福じゃねーの……よく食べよく寝る」
「同意見」
めちゃくちゃ小声である。死んでも聞かれてはいけない会話だ。二年生が一か所に小さく集まってこそこそと話しているところに自然と一年生たちも混ざり、密会が繰り広げられている。
「いや、俺は意外と雀田だと思う」
「雀田は見るからに細いじゃん。すれんだーってやつだろ」
「は?」
「はどうですか、木葉隊員」
「いや知らねーよ」
「木葉が頼めばちょっとくらい触らせてくれそう、ちょっと頼んでみてくれ」
「バッ、おまっ、何言って、」
「声でけーよバカ」
猿杙に思いっきり頭を掴まれ水面に顔をぶち当てられた。なんつーこと言うんだこいつら!
あと言っとくけどお前ら何を想像してるか知らねーけど、はふつうくらいだから!
心の中でそう叫んでおく。……いや、触ったわけじゃないけど、ほら、ベアハッグされたときとかになんとなく、分かるじゃん?
いや、もういい、もうこの話はやめよう。一人でいろいろ葛藤しているのに気が付いたらしい赤葦が笑いをこらえている。それを睨みつけておいたが、一切赤葦には効かなかった。
雪絵は彼氏いないんだっけ?
ないない、ぜんぜんいない。
えーっ、雪絵ちゃんかわいいからモテそうなのに!
実際モテてはいるけどねこの子。
全員がまたハッと静かになる。大浴場と小浴場の間にはもちろん壁があるのだが、壁が薄いのか構造上仕方ないのか、それなりに向こうの音が聞こえるのだ。マネージャー陣の会話が筒抜けである。それは同時にやはり俺たちの声も音量を気を付けなければ筒抜けということだ。なかなかスリリングな状況である。そもそもマネージャーたちと俺たち選手の風呂が同タイミングになることはそうあることではない。マネージャーたちは諸々の片付けやらなんやらをしてから風呂に入ることが多いので、俺たち選手より遅くなることが多いのだ。今日はその片付けもマネージャーが三人になったことや一年生が協力的なこともあって早く終わったようだった。
合宿といえば恋バナでしょ~、盛り上がってきた~!
いや誰も彼氏いないけどね。
彼氏はいなくてもちゃんがいるじゃん?
わたしですか!
何を仰るか~木葉秋紀くんとはどうなんだね~?
思いっきりむせ返り、そうになったのを赤葦がめちゃくちゃ乱暴に俺の口を手で押さえた。大浴場が一斉に「おお」と小声で沸き立ち始める。いやお前らなんでこんなときばっかりめちゃくちゃ心が一つになるんだよ!
それを試合でもっと発揮してくれよ!
あと赤葦は早く手を離せ!
苦しいんですけど!
え~どうとはなんですか~?
告白とかしないのかね~?
いやいや~姉さんしませんて~!
ちゃん口調どうした?
え~なんでしないの?うまくいくと思うけどなあ。
ニヤニヤと俺の顔を見るなお前ら!
赤葦!
もうむせないから!
離してもうわりと限界!
ちゃんは木葉のどこが好きなの?
顔?
ちゃん的に木葉イケメンなの?
イケメンではないですよね!
ぶふっと小見が吹き出す。お前あとでぶっ飛ばす、そう目で訴えておく。別に自分のことをイケメンなんて微塵にも思わないし?
人に言われたって別に傷付かないし?
言ったのがだったとしても、べっつに傷付かないし?!
イケメンではないですけど、木葉さんの顔はすっごく好きですよ!
へ~変わってるね~。
でも顔より性格の方がもっと好きです!
たとえば?
え、たとえですか……うーん……考えてみると全部好きですね!
赤葦の手がようやく離れる。めちゃくちゃ苦しかったぞ、本当こいつ俺のこと先輩ってたまに忘れてない?
赤葦はというとそんな俺をしり目にいつも通りの無表情を貫いている。悪びれる素振りくらい見せようぜ赤葦。
呼吸を整えつつなんとなく、こう、ふつうに照れる。俺どんな顔してればいいのこれ。他のやつらはめちゃくちゃニヤニヤして俺のこと見てくるし、なんか俺ものすごくのぼせそうなんだけど。
キーホルダーにして持ち運びたいくらい好きです!
「なんじゃそりゃー!!!」
「木兎バカかお前うるせえ!!」
立ち上がった木兎を小見がバシャーンと湯船に叩きつける。誰もが「終わった」と口をそろえたが、マネージャー陣は会話に耳をそばだてられていたなど微塵にも思っていないらしい。ふつうにガールズトークを続けていた。
え、どういうこと?
俺どうしたらいい?
キーホルダーにして持ち運びたいくらい好きって、それ好きのレベル的にどれくらいなの?
はじめて言われたしはじめて聞いたんだけど?
困惑する俺の隣でなぜか赤葦がため息をついていた。