darling

春季合宿2.5

※赤葦視点です。
※木葉視点の春季合宿を元に書いています。先にそちらを読んだ方が分かりやすいです


 という同級生は実は素直じゃないと部活や教室でいっしょに過ごして分かった。
 は最初こそ少し大人しい子なのかと思ったが、人見知りをしていただけのようでそれが解ければとんでもなく明るく素直、に見えるやつだった。好きなものには躊躇なく口に出して「好き」と言う。そんなふうに大半の人には見えているらしい。でも、俺にはそれが”素直”には思えなかった。
 気が付いたことがある。は「好き」という言葉を際限なく言うけれど、決して「ほしい」とは言わない。たとえば誰かがお菓子を食べていてもは「わたしもそれ好きです」と言うだけで決して「一つください」とは言わない。相手があげようか、と言ってもは「いいですいいです!」と遠慮するだけなのだ。
 それは恐らく対象が人間になっても同じことなのだ。はやたら木葉さんをかまう。好き好き言ってちょっかいをかけたりする。けれど、そのくせ、「付き合いたい」なんて絶対に言わない。もっといえば”まともに”好きとは言っていない気がする。全部自分の素直な部分を隠すためにわざと茶化して言っているような、そんな感覚を覚えた。
 なぜただの同輩である俺がそんなことに気が付いたのかというと。実は俺はに片思いをしている、というのは全くの冗談で。あれはたしかや俺たち一年生が入部したばかりのころだった。バレー部のマネージャーになったのは雀田先輩や白福先輩が熱心に誘ったからだと聞いたが、詳しくは知らない。は今まで運動部になんて入っていなかったらしく、目に見えて体力がなかった。体育館と少し離れた給水室への往復、重たいジャグタンクを移動させたりなんやり。いつもへろへろになりながらなんとか頑張っている姿が視界の隅っこに映っていた。ただ申し訳ないことに俺も当時は厳しい練習について行くだけで精いっぱいで、手伝おうと思えば手伝える場面もあったのにそれをしなかった。
 マネージャーの先輩たちが手伝えるところは手伝っていたが、ほとんど仕事を三人でちょうど分担していたようで、なかなかを手伝うところまで手が回らなかったらしい。はなんとか一人で踏ん張って頑張っていた。なんでも仕事の分担をするときに「自分が一番後輩だし、バレーのことあまり知らないから」という理由で力仕事を買って出たのだという。自分の首を自分で絞める。まさにそれだった。
 そこに、とてつもなく自然に、なんでもないように、声をかけたのが木葉さんだった。「大丈夫?」からはじまり「俺もいっしょに持ってくわ」と続き最後は「何かあったらいつでも呼んで」「いつでも頼れよ」という見事な結びであった。しかも結びには男子高校生のほとんどができないであろう、自然な流れでの頭をぽんぽん軽く叩くという動作付きだ。そのあとはに「あんま無理すんなよ」という一言をまたしても自然に言ったのち、木葉さんはに背を向けて颯爽と去っていった。完璧な気遣いだった。見ていて感動したほど。
 そのとき、こっちにまでぷしゅーっと音が聞こえてきそうなほど、顔を赤くしたを見て、恋に落ちたと分からない人間はこの世に一人もいなかったに違いない

「赤葦、はいドリンク」
「ありがとう」

 はあれ以来、木葉さんに対して顔を赤らめることはなかった。それどころかちょけた感じに木葉さんにちょっかいをかけ、部全体が「は木葉さんのことがものすごく好き」と分かっている雰囲気ができあがった。それのおかげでがいくら木葉さんに好き好き言っても変な感じにならない。妹が兄になついているような、犬が飼い主になついているような。そんな微笑ましい光景になった。
 それはが狙った、わけではない。なぜ分かるのかというと、一度、部活後に見てしまった場面があるからだ。それはある日、部活が終わっていつも通りが木葉さんにちょっかいをかけてけらけら二人とも笑っていたときだ。木葉さんが監督に呼ばれてに声をかけてからその場を去ったあとだ。は木葉さんの背中を見て、深く、大きなため息をついたのだ。なんともいえない表情で。
 念のために言っておくと、俺は決して恋愛マスターではない。そういうことへのレベルはほぼゼロに等しい。そんな俺ですら分かった。はうまく木葉さんに「好き」を言えないことを悩んでいるのだろう。素直じゃない、プラスもしかしたら恥ずかしいのかもしれない。そういう複雑な心境がよく分かる表情だった。

「監督外出るから帰って来るまで休憩だってよ」
「オッケー」

 全員がそれに返事をして、思い思いの場所へちらばっていく。木兎さんたち三年生は一度宿舎に戻るらしかったが、特に用がないので俺は体育館に残ることにする。先輩マネージャーたちも諸々取りに行くものがあったらしくついて行くようだ。は先輩たちに声をかけられていたが、まだ細かい雑用があるからと体育館の残るようだ。そのときに木葉さんにジャージを返そうとしたが、断られていた。ほとんどの部員が出ていった体育館は急に静けさに包まれた。
 は俺の横にしゃがんで部誌を開く。今日の練習メニューを記録しはじめる。それを覗き込みつつ、決して得意な話題ではないのだが、妙に気になったのでつい声をかけてしまった。

さ」
「うん?」
「木葉さんに告白とかしないの」

 その顔はじめて見たんだけど。は驚くほど目を丸くして分かりやすく驚愕の表情を浮かべた。ぽかんと大きく開いた口があまりにも間抜けでちょっと笑いそうになったけど、なんとかこらえた。

「……赤葦変なもの食べた? お腹痛い?」
「なんでそうなる」
「いや、だって赤葦そういう話題しないじゃん」
「まあそうだけど」

 苦笑い。自分から振っておいていうのは何だけど、まあどちらかというとやっぱり苦手な話題ではある。もそれはよく分かっていたようだ。

「もうちょっと素直になった方がいいのにって、なんかお節介したくなった」

 先手を打って素直に言ってみる。は固まったまま口だけわずかに動かして「すなお」と呟く。しばらく俺の言った言葉を頭で繰り返しているのかフリーズすると、握っていたボールペンを一度部誌に挟んだ。相変わらずフリーズはしていたけど、少しずつ視線が下に向いていくのがよく分かる。俺、まずいこと言ったかな。そう少し不安になりつつ言葉を待っていると、は突然俺の顔をまっすぐ見てへらりと困ったように笑った。

「だめだめ、だって木葉さん困っちゃうじゃん」
「……そうかな?」
「そうだよ。三年生って一番大事な時期だよ」

 「困らせたら元も子もない」と呟くとは先ほど部誌に挟んだボールペンを握り直す。部誌に向けられた視線。その横顔を見ると、ちょっと、なんだか、やっぱりなんとも言えない表情を浮かべた。

「木葉さんがバレーしてるところ、すっごく好きだから、わたしなんかが邪魔しちゃだめだよ」

 そして笑う。なんだか見たことのない笑顔だった。はそう言ったあとにハッとした様子で俺の方に視線を戻して「でもやっぱり我慢できなくてこんな感じになっちゃったけど」と頭をかいた。

「でも本人に好きっていっぱい言えるだけで幸せだからいいのです~」

 ちょけたような言い方だ。先ほどまでの変な笑顔じゃなくて、へらへらとした笑顔に変わっている。やっぱり素直じゃないやつ。そう思ってため息をついたら「なんでため息?!」といつも通り明るい笑顔を浮かべた。
「わたしなんか」。そんな言い方をされたら余計、お節介したくなるじゃないか。ぶかぶかなジャージを着たままのの、欲張らない幸せそうな表情に苦笑いがこぼれた。