darling

バレンタインデー1(k)

 今日は近くの学校との毎年やっている定期練習試合の日。家からすでにジャージを着てきているのでとくに部室には寄らずそのまま体育館へ向かう。土日の練習では部員全員がそうしているので荷物は大体体育館の隅に固めて置いている。一つあくびを落としながら「はよーす」とすでにいる数人に声をかけてから体育館に入る。ん、なんか甘い匂いすんな? そう思った瞬間に顔スレスレに何かが飛んできた。

「あ、外れた~」
「外れたじゃねーわ!あぶねーな!なんだよ!」
「チョコボール」
「は?」
「ハッピーバレンタイン」

 白福が「これこれ」と何かを持ち上げる。ガチャガチャのプラスチック製の入れ物の中にかわいらしいピンク色の包装紙が入っているのが見える。どうやらそれがチョコらしいのだが……。え、そうだとしてもなぜ投げる? 後ろの壁にぶつかって転がっているそれを拾い上げて困惑しつつ「おう……サンキューな……」と言っておく。思った通り白福と雀田からは「百倍返しでよろしく~」と言われた。
 鞄の中にそれを入れてから他のやつらの鞄が置いてあるところに置く。まだ集合までだいぶ時間があるので来ているのは三年マネージャーの二人と木兎、赤葦、小見、猿杙、鷲尾だけだ。つまり今のところレギュラーに入っている人物しかいないというわけだ。木兎と赤葦はもらったばかりのチョコをもぐもぐ食べながらマネージャー二人に「そういえば、どこ行った?」と聞く。

「コンビニだよ~」
「朝飯?」
「ううん、チョコ買いに行ってるの」

 その場にいた全員がその場ではてなを飛ばす。なんでも今日の相手校は女子マネージャーがいないし、まあ日付は違えど交流のある学校相手なので遅めのバレンタインデーをやってみようか、となったそうだ。チロルチョコとかポッキーとかそういうチョコレート菓子を渡そうとなったらしい。監督から渡すことの了承はもらったがもちろんお金に関してはマネージャー三人の財布から出ているのだという。なかなか気の利くこともできるんだな、こいつら。そう思いつつ「へ~」と全員で間抜けな声をあげた。

「なんだよ、相手校にはチョコボールかまさないのかよ」
「あんたたちだからやるんでしょ~。絶対避けられると思ったし」
「木兎思いっきり当たってたけどね」
「うるせー! 眠かったんだよ!!」

 どうやら木兎はチョコボールが腹にヒットしたらしい。まあ小さいチョコが入ってるだけだし入れ物自体も軽いものなので当たったところで痛くもかゆくもないが。良い子のみんなには真似してほしくないチョコの渡し方である。
 そんなところに入り口から響く「戻りました!」の元気な声。雀田が「お、無事生還!」と笑って手招きする。「木葉来てるよ~」と白福が続けると「知ってます!」と何気にめちゃくちゃ怖い発言をされた。

「木葉さん、おはようございます!」
「はよー」
「なんで木葉来てるって分かったの?」
「コンビニの前を通ってくの見ました!」
「なるほど」
「木葉さんが通る気がしたので外を見てた甲斐がありました」
ちゃん絶好調だね」

 は買ってきたチョコレート菓子が入った袋を置いてマネージャー二人とお釣りを分け始める。どっさり大量に入ったチョコレート菓子とは別に腕にかけたままの小さな袋は自分の朝食だろうか。そう思いつつ一つあくびをしていると、「あ」とがその小さな袋を突然俺に差し出した。

「ん?!」
「ハッピーバレンタイン! です」

 にこにこと笑っている。まだ外が寒かったせいか赤くなっている鼻の色が妙に目に残る。「お、おう」と照れつつ受け取ると横から木兎が「えー俺には?」とに言う。は「さっきチョコボールかましてあげたじゃないですか」と笑いながら木兎に言うと「木葉だけずり~」と恨めしそうに俺を睨んだ。

「木葉さんはVIPなんで特別待遇です」
「俺もVIPにしてくれよ~」
「木兎さんは赤葦のVIPだからいいじゃないですか~」
「いや、勘弁して」

 赤葦の真顔のツッコミが入る。はそれをけらけら笑って赤葦に「冗談だよ」と言った。その会話を聞きつつそっと渡された袋の中を確認する。受け取ったときから薄々感じていたのだが、どうやら中身はチョコレートではないのだ。チョコレートにしては温かいうえに香ばしい匂いがしている。妙に腹が減るこの匂いの正体はなんとなく分かっていた。

「バレンタインに竜田揚げって人生ではじめてだわ」
「え! 本当ですか? 木葉さんのはじめて奪っちゃいました?」
「言い方やめなさい」

 は「最初はふつうに手作りチョコでも~って思ってたんですけどね~」と笑った。本人曰くそれじゃあふつうでつまらない!そう思った結果、俺の好物である竜田揚げに変更されたらしい。それに対して猿杙が「いや、手作りチョコの方が感動するけど」と呟く。それに内心ものすごく同意をしつつも「ありがとう」とにお礼を言った。
 別にものすごく甘い物が好きとかそういうわけじゃないんだけど。くれるなら手作りチョコがほしかったな、俺。そう思いつつたまに自分でも買って食べる竜田揚げを口に放り込んだ。