darling

君のこと(k)

 入試やなんやらで忙しそうな先生たちと違って俺たち学生にとっては楽な月だ。若干かったるく思いつつマラソン大会に真面目に参加し、いつもより短い授業を受けたり、入試やなんならで休みになったり。とうとう自分も三年生になるのかと思うと不思議な気持ちだ。それはバレー部の同輩たちも同じようで、いつも通り部室に集まったメンバーで「あと一年かあ」と言い合ってしまう。

「来年って赤葦が主将やんのかな?」
「いや、お前主将になったばっかで来年の心配してんじゃねーぞ」

 けらけら笑う。木兎は「それもそうか」と机に突っ伏した。三年の先輩たちが引退して俺たちの代が最上級生になり、木兎は主将に指名された。副主将になったのは二年生の赤葦。妥当な選択だと三年生全員で感心したものだった。まだ若干歪ながらも木兎はチームの柱として精一杯やってくれていると思うし、赤葦もそれを制御しながらやってくれている。実に充実した部活生活だ。
 がちゃりと部室のドアが開く。そこには袋をいくつか持った赤葦がいて「お疲れ様です」といつも通りの無表情で言った。

「え、赤葦、それ……チョコ?」
「まあ。バレンタインだからってもらいましたけど」
「マジかよ……」
「赤葦ってモテんだな……」
「いや、クラスメイト全員に配ってるおこぼれですよ」

 赤葦はチョコレートが入っているという小さい袋たちをぽいぽいっとロッカーに適当にしまいこむ。おいおい、貴重なものをなんて粗末な扱いしてるんだよお前は。未だチョコレートゼロの三年生陣がそれをじっと見ていると赤葦がため息をついた。

「木兎さんたちはともかく、木葉さんは確実に一つはもらえるじゃないですか」

 「しかも本命で」と赤葦が続ける。木兎たちが「そーだそーだ!」と声をあげはじめ「俺たちはともかく!お前は羨ましがる立場じゃない!」と喚き始める。いや、そう言われても。
 赤葦たちが言っている「確実にもらえるチョコ」の正体は、このバレー部の女子マネージャーにいる。うちのバレー部にはマネージャーがなんと贅沢にも三人いる。二人は俺たちと同学年のゴリラ、じゃなかったとてもとても優しいお二方だ。この二人は去年を例にするとコンビニで買える小さいチョコを「受け取れ野郎ども!」とコートにぶちまけてくださる。一つでも拾えば「お礼は百倍で」と言ってくるし拾わなければ「私たちのチョコに文句があるのかな~?」と胸倉をつかんでくる。今年も恐らくそういう戦法でくるのだろうと俺たちは読んでいる。当日ではなく週末の練習試合のときにくれる、ということだけは聞いているが、今年はどうなることやら。今から少し怖気付いてしまう。
 そうして本題。残る一人は赤葦と同学年、つまり俺の一つ下の後輩の子で名前をという。マネージャーとして入部してきたときは大人しい感じの子だと思っていたのだが、部に馴染んでくるとなかなか楽しい性格をしていることを知った。三年マネージャーの二人ともとても仲が良く、三人が黙って並んでいればとても微笑ましい光景だと思うこともある。選手である俺たちにも明るく声をかけてくれるし、とてもいい子だ。いい子、なんだけど。

「というか木葉って本当にと付き合ってないの?」

 はやたらと俺を構う。最近一番驚いたのは廊下で俺を見かけたが突進してきて思いっきり背後からベアハッグもどきをかまされたことだろうか。なんというかやたらとちょっかいをかけてくるのだ。それがかわいくもあり若干戸惑いを覚えていたりする。所詮はただの年頃の男なので、女の子に背後からベアハッグもどきをかまされた日にはいろいろ思うところがあるのだ。

「告ったら余裕でOKじゃん、なんで告んないの?」
が入ったばっかのとき、かわいいかわいいって言ってたじゃないですか」

 簡単に言ってくれやがる。そんな勇気があったらとっくに告ってるっつーの! 心の中でそうツッコみつつ「いやそうだといいんだけどさ」と苦笑いを返しておく。はよく俺のことを「かっこいい」だの「好き」だの言ってくれる。俺の手を触るのが好きだと言ったり、見てるだけでテンションが上がると言ったりしている。なんでも俺のことが「物体として好き」とのことらしく、マスコットキャラクターに群がる子どものようにしてくるのだ。ベアハッグをかまされたときに「今度はスリーパーホールド決めたいです!」と元気に宣言されたし。なんでやたらプロレス技知ってんだというツッコミはおいておく。
 なんというか、俺のことを彼氏にしたいとかそういう意味の好きじゃないのではないだろうか。そう思いつつもうそろそろ一年が経過するわけだ。最初はちょっと期待したけど、なんだか恋というにはあまりにも愉快な接し方なので、最近は期待する自分を抑え込んでいたりする。

「勘違い野郎って思われたくないじゃん?」
「……木葉びびり~」
「うるせ!」

 笑って小見を小突いてやる。部室にいるほぼ全員が俺を「びびり」と笑ったが、まったくその通りだと自分でも思った。